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御成門新報公式サイトオープン

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近代から現代に至るまで、人類社会の発展を支えてきたのは科学技術の発展でしたが、その基礎は 17世紀にデカルト•ニュートンによって確立された近代合理主義に立脚した近代科学の上に基づいています。それは「機械的世界観」と「要素還元主義」を柱とする思考の枠組み(以下パラダイム)で成立している学問です。機械的世界観とは「世界がいかに複雑に見えようとも結局は一つの巨大な機械である」という捉え方を指します。要素還元主義とは「人間が何かを認識する時にその対象を単純な部分の要素に分類•分割し、その分類した要素を詳しく調べ、問題があればその部分を修復し再び元の形に戻せば良い」という捉え方です。この2つのパラダイムは世界が農業化から工業化へ変化していく中で「無ければ造るしつくれば売れる」という状況の中、恐るべき切れ味をみせました。

 ところが、この 2つのパラダイムは今、息切れを起こしています。それは機械的世界観においては「全体を部分に分割する都度、全体に内に含まれる大事な何かが失われていく」、要素還元主義においては「重要でないと考えられる要素は捨て去っていく事にならざるを得ず、何が重要で何が重要でないかの判断は当事者が所有する思考の枠組みによって独断的に決められてしまう」という各々の限界点が見え始めているからなのです。つまりこれらは 2項対立の思考、分離分割の思考とも言え、主観と客観や全体と部分をそれぞれ対照的に分析的に捉えてその反対の一方を捨て去るという思考形式では現代事象が捉えられなくなってきた事を指すのです。

 しかし、よく考えてみるとみるとこれらのパラダイムは近代に発生したものです。そしてその近代のパラダイムという眼鏡をかけて現代を理解する事自体に無理があるのではと私たちは考えました。

 そこで私たちは かつての偉大な先人達のように、メディア運営を通して現代にふさわしいパラダイムを「独立不覊、不偏不党、官民調和」に基き、知足利他の視座で読者の皆様と創成していきたいと考えるに至ったのです。
御成門新報は読者と共に現代そして未来へのパラダイムを紡いでいくオープンエンドのインターネットメディアを目指し歩んで参りたいと考えています。

【Steve’s Bar連載第12回】【ファンづくりの名手がもつ鉞(まさかり)】

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Interviewed by Steve Moriyama

―― 本日はお忙しいなかお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、僕は大矢さんのお名前が大好きなので、お名前の由来から伺ってもよろしいでしょうか。

大矢氏:はい、父に「金太郎」と名付けた理由を聞いたところ、「幼少期は名前のことでからかわれることもあるかもしれない。けれど、大人になれば金太郎という名は必ず武器になる」という思いで、命名してくれたとのことでした。実際、わたしの名前はメリットだらけで、一度で覚えてもらえるので助かっております。

―― ですよね、私もすぐに覚えてしまいました、笑。さて、大矢さんは、大矢建設社長以外にも社内外でいろいろな活動をなされていますが、今日は会社関係を中心に教えていただけますか。

大矢氏:わかりました。会社は3つございます。まず、祖父の時代から続く大矢建設が今年9月から始まる事業年度で70周年を迎えます。背負うものの重さと責任を意識し、気を引き締めて取り組んでおります。それから、父が創業した会員制テニスクラブである名古屋グリーンテニスクラブ。もう一つ、自分の代で起業した会社としてフィットインドアテニススクールがございます。
 それそれの会社について、3代目、2代目、創業者として感じることがございます。よく人から「どれが一番大事?」とか「どこに一番時間を割いてるの?」と聞かれるのですが、もちろん、どれも同じように大切で、100%の中で分割するのではなく、3会社x100%、つまり3社ひとまとめで300%、という気持ちで日々取り組んでおります。

―― エネルギッシュな大矢さんらしいですね。普通の人はなかなかできません。さて、70周年を迎える大矢建設、縁起が良いですね。おめでとうございます。

大矢氏:ありがとうございます。ちょうど70周年誌を作っているのですが、自分の知らなかった会社の横顔を知り、いろいろな方のお陰で今があるんだな、歴史の上に立たせてもらっているんだな、ということを痛感しております。
 例えば、名古屋グリーンテニスクラブも、もともとは大矢建設のお客様から「工場建設のための土が欲しい」という依頼を受けたことに端を発します。依頼を受けた父が、生まれ育った豊田市で土地をみつけてお客様のための土を確保し、その跡地を利用してテニスクラブを作った、という背景を今回、記念誌を編纂している過程で知りました。もちろん、テニスコートを作るにあたっては大矢建設のノウハウが生かされました。
 テニスクラブができたのが、ちょうどわたしが小学校3年生の時のことで、その後5年生からテニスを始めたのも、そういう家に生まれた人間の必然ですし、テニスがあったからいろいろな仲間ができて、成功や失敗を含めいろいろな経験をさせてもらったわけです。つまり、今の自分があるのも大矢建設創業から続く長い歴史の中でご縁のあったいろいろな方々のお陰なんだと再認識できました。

―― ご縁の賜物ですね。土を依頼してきた会社はどんな会社なのですか?

大矢氏:某大手メーカーのサプライヤーである某建設関連会社です。実は、わたしが駆け出しの頃、東京で修行させてもらった会社もその会社だったのです。

―― まさにご縁の連鎖、つまり仏教でいう「縁起」に生かされている、ということになります。

大矢氏:はい、その通りです。

―― 名古屋グリーンテニスクラブは名門ですよね。日本で最大級と聞いたことがあります。

大矢氏: お蔭様で会員制のプライベートのクラブとしては最大のようです。26面ございまして、会員数は約400名です。実は、先ほど申し上げた大矢建設の記念誌を作っていて知ったのですが、このクラブができた45年前には会員が2000人もいたそうです。隔世の感がありますが、約60年前の皇太子・美智子様ご成婚の余波のなかで、テニスはまだまだ高嶺の花といいますか、憧れの対象で、競合のクラブもあまり存在せず、政財界の人たちもこぞって会員になってくれたようです。

―― 旧き良き時代を先代は謳歌されたのですね。その後、競争が激化していく中で、生き残りをかけてどのような戦略を立てたのでしょうか。

大矢氏: だんだんとテニスが大衆にも身近なものになっていき、しかもレジャーの多様化で会員制テニスクラブに入らなくてもテニスができるようになりました。また、テニス以外のスポーツもメジャーとなってきたこともあり、厳しい経営状態でした。 

―― 向かい風の中で再建に取り組まれたのですね。

大矢氏: ええ。父は時代の流れの中でクラブを立ち上げましたが、その後の展開に手をこまねいていたようでした。それでわたしのほうから、続けるのか否か、業態を変えて存続させるのか、あるいは土地として有効活用するのかなど、父に迫りました。すると、「お前はどうしたいのだ?」というので、「自分としてはやりたいのだが。。。」と答えたところ、「じゃあ、お前やってみろ」ということになりました。

―― それまで大手道路舗装会社において組織の一員として働いていて、いきなりトップとして会社の面舵(おもかじ)を一杯にきって組織再建するというのは、もちろんテニスに対するリスペクトとパッションがある大矢さんのことですから真摯に取り組まれたのでしょうが、仕事内容が激変して戸惑いを覚えなかったのでしょうか。

大矢氏: 戸惑いはありませんでしたが、会員制ビジネス一本足では行き詰まってしまうと確信していました。そこで、会員制は存続させつつ、新しい事業部を2つ立ち上げて、三本の矢で運営していくことにしました。

―― それがあの有名な「赤ペン先生」ですね。

大矢氏: はい、イベントとスクールです。試合を思いっきりやれる場所、と言いますか、26面もあるテニス会場は、東海地方のみならず近隣地域でもそれほど多くはないようです。ですから、総合チャンピオンシップ制で毎月テニス大会を開催しています。マックスは128エントリーに制限しますが、一日で7試合、決勝戦まで完結できるので、北陸や関西からも遠征に来てくれます。しかも、うちの特徴と申しますか、ご指摘の「赤ペン」、つまり出場者全員に試合の結果如何にかかわらず「ステップ・アップ・シート」という用紙を埋めてもらうことを次回エントリーの条件にしておりまして、わたしがその全部に赤ペンでコメントを入れます。自分の試合を冷静に振り返って、戦略面、技術面、精神面、その他から自己分析させることは意味のあることだと思っています。

―― 何で負けたのか、ここをこうしていたらよかった、ここはまずかった、次回はこうしよう、といった内省をさせるわけですね。

大矢氏: はい、その際、言い訳だけはするな、と言っています。テニスを通して、考える力、仲間を作る力、目標設定する力、フェアプレイの精神などなど、いろいろな力が身につくことを親御さんたちにもわかっていただいているようです。

―― さすがにそこまでやる所はないでしょう。単にテニスをさせるのではなく、人間教育をされてらっしゃるのですから。でも、言うは易し、で普通の人には、毎回100枚以上の自己分析シートを読んで、短くともコメントを入れるのは、専業でやっても難しいでしょうし、ましてや大矢さんのようにいろいろな会社や組織のお仕事をおもちだと、とてつもない労力を伴うものだとおもいます。いつも脱帽してます。

大矢氏: いえいえ、これはテニスクラブを経営する者として自分の使命だと思ってやっています。「テニスを通して人生を学ぶ」という文化を作ることを、ある意味生きがいにしているのです。ちょうど先日も、創業時から45年も会員でいてくださっている方がいらして、もう80近いのですが、「お蔭様でこうして元気でいられます」と言われて、本当にありがたいことだと思うのと同時に、皆さまのライフスタイルや人生観にも影響することをしているのだな、と身が引き締まる思いでした。
 先ほどお話した大会に出場する若い人たちにしても、三つ子の魂百まで、というように感受性豊かな十代での「気づき」はその後の生き方、人生に大きな影響を与えます。たまたまテニスを愛する人たちがうちの会場で集まり、全力で競い合い、いろいろなことを感じ、学び、そして大人になっていく。自分だってそうでしたからね。そして、そういうテニスから学んだことが何十年も経った今、自分自身の生き方や経営にも生きているんです。ですから、こちらも手抜きなんてとてもできません。

―― 僕も仕事柄いろいろな方と話してきましたが、志について語る人は少なくありません。でもそれを実践するのは別の話です。そんななか、大矢さんは本当に志を実践躬行されていますからね。僕がそれをうまく文章におとせるのかわかりませんが、言葉の重みがまったく違います。

大矢氏: 恐れ入ります。実際、先日も、スクールの昔の受講生が大人になって子供さんを連れて会いに来てくれたのですが、本当にこの仕事をやっていて良かったなとおもいます。 
 さて、先ほどの「戦略は何か」というご質問の答えを一言でまとめると、やはり身の丈を意識しつつ、自分流のアレンジをして攻める、ということになります。大矢建設は、その昔、土を運ぶダンプ屋としてスタートし、その後、名古屋市等から公共工事を受注する建設会社に変容し、今はお客様のニーズに応えるための提案型サービスを含めた民間工事等にも活動領域を拡大しています。実際、10年前に社長に就任したとき、「3代目」ではなく「第2創業者になる」と心に決めました。それは「第2創業しなければ生き残れない」という危機意識の裏返しでもあります。とにかく、常にお客様のニーズと時代の流れを意識して変革し続けるつもりです。

―― なるほど、素晴らしいですね。「自分流のアレンジ」という言葉で思い出したのですが、日本の伝統芸でいう「守破離」、つまり、最初は黙って師匠の教えを守り、途中で少し自分流にアレンジ、つまり師匠の教えを少し破っていき、最後に自分流を確立し離れていくという教えがあります。今の経営ステージはどのあたりにあるのでしょうか。
 また、第2創業者としての危機意識はどのように大矢さんの中で醸成されていったのでしょうか。

大矢氏: まず、守破離でいうと、「破・離」のステージでしょうね。スティーブにも何度もお話したように、わたしは松下幸之助さんの教えに大きな影響を受けているのですが、「先人の行ってきたことを尊重し、敬意を示しつつ、時代にマッチしたものを創造していくことが大切である」という松下氏の言葉は弊社の経営においても常に意識しています。
 それから、危機意識についてですが、駆け出しの頃の経験が関係しています。先ほども申し上げましたが、わたしは若かりし頃、某建設関連会社にお世話になりました。1998年まで修行させてもらったのですが、98年開催の長野オリンピック前の長野県はスタジアム建設をはじめインフラ整備関連の建設ラッシュで相当潤っていました。96年、97年の頃のことです。ところが、工事が完了する98年になると、公共工事に一極集中していた地元の建設会社の3割近くが倒産していました。それを東京から見ていて、イベントなどのブームに瞬間風速的に乗っかるのは危険だな、常に中長期で考える姿勢が不可欠だ、と痛感しました。

―― バブルに浮かれると、宴の後に屍になる、と感じたわけですね。 

大矢氏: そうです。その後、名古屋に戻ったのですが、地元もバブっていたのです。ちょうど、東海地方の大豪雨で川が決壊したり、愛知万博の前であったり、中部国際空港の建設前だったり、とタイミング的に公共工事需要が重なっていました。しかし、わたしは長野での経験をもとに、父に「公共工事依存は危険だ」と叫び続けました。もちろん、ある程度公共入札するのはいいのですが、一定の線を設けるべきだ、と言ったのです。そして、同時に民間の新規顧客開拓を続けていかねばならない、と。喧々諤々の議論を重ねましたが、最終的には父も同意してくれました。やはり、自分のリズムで能動的に戦える部分を残しておかないといかんのです。

―― なるほど、リターンの大きい仕事はリスクも大きいですし、それにすべてを賭してしまうと経営の安定は望めません。仏教でも「依存は退廃と隣り合わせ」といいます。

大矢氏:やはり、身の丈をわきまえないといかんのです。自分の勝つスタイルを知ったうえで、戦略を考えることが重要です。できないプレースタイルをしていては負けは見えてます。妙においしい話があっても、それに飛びついて、翻弄されたり、現(うつつ)をぬかしている余裕はありません。うちの会社の強みと弱みはこれこれで、それを踏まえてどう戦うかを愚直に考え続けるしか道はないのです。

―― 「負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」なんて言いますが、まさに大矢さんはテニスをやっていた幼少期からそれを肌感覚で学ばれたのでしょうね。

大矢氏:そうですね。それから、目先の利益に囚われて、お客様に失礼であってはならない、ということをその会社で学びました。これに関して、忘れられないエピソードが2つあります。わたしが入社したのはバブル崩壊後だったのですが、バブルの頃、ある長きにわたるお得意様に先輩たちが不義理をしてしまったようで、「そのお客さんを取り戻して欲しい」という指示を上司から受けました。当時の事情はよく分かりませんでしたが、要するにバブル期で大きな案件にかかりっきりで、その会社から頼まれた小さな案件対応に手がまわらず、「忙しいから行けません」と断ってしまったようです。それで、その会社の部長さんを訪ねたのですが、「切り捨てたのはそちらですよ。都合の良い時に戻ってこられても。。。大矢さんは直接関係ないのは承知してますが、会社としてお付き合いしているわけで。。。長いお付き合いだからこそお願いしたのに、うちは捨てられた感覚があります」とおっしゃるのです。
 ぐうの音も出ませんでした。そこで痛感したのは「点で見てはいかん。線でみることが大切」という視点でした。長いお付き合いの中で、小さなことでお困りの時も、大きな案件の時も、お客様に寄り添って真摯に対応する姿勢が不可欠なことを学びました。
 最終的には、そのお客様に許していただいて、戻ってきていただけたのですが、その際、一緒に行ってくれた上司が「この男はいずれ名古屋に戻って実家を継ぎます。実家の会社は御社の愛知工場の担当をしている会社です。あなたもわたしも20年後は引退しているかと思いますが、こいつは一生御社のお手伝いをしますので、こいつを信じて、うちの会社をよろしくお願いします」と言うので、ちょっと吃驚しましたが、やはり「つながり」というのはそういうことなんだな、としみじみ感じました。もちろん、そのお客様には、今でも特別な思い入れがあります。

―― なるほど、とても良いお話を伺いました。もう一つのエピソードは?

大矢氏:はい、こちらは上に立つ者の姿勢についてです。ある会社の新工場案件を追いかけていて、その会社の担当の方から宿題をもらったのですが、答えがみつからなかったのです。それで直属の上司に相談したところ、「お前はいずれ実家に戻って社長になるんだよな。お前が今、社長だったらどうする?」と聞かれたので、これこれこうします、と言ったところ、「なら、やってみろ」というので、「ダメだったらどうするんですか?」と聞き返すと、「その時は、俺が一緒に行って頭をさげてやるから」と言われました。その瞬間、急に不安感が消え、気持ちが楽になりました。そして、受注できたんです。嬉しかったです。その方は、最終的に本社専務まで上り詰められて2年前に引退されましたが、上に立つ人間の姿勢を教わりました。

―― 困っている部下のためなら火の粉もかぶる上司の気概と矜持、しびれますね。

大矢氏: はい、自分の財産になっています。

―― 人の話に関連しますが、今や時代が変わり、かつての体育会的マネジメントは機能しなくなってきています。平成生まれの人たちに「黙ってやれ、死ぬ気でやれ」では永遠に理解されないでしょう。昨今、メディア等で話題になっているスポーツ界等の問題もそのあたりに端を発しているようにおもわれます。そのあたりについて大矢さんはどのようにお考えでしょうか。

大矢氏:正直、わたし自身、良い上司に恵まれ、良い思い出が多いので、自分がしてもらって嬉しかったことをするようにしています。どんどんチャンスを与えて、失敗しても、そこから学んでもらえば良し、としています。もちろん、それは綿密な計画を立てて失敗する場合であって、行き当たりばったりは許しません。また、先ほども述べたように、瞬間風速的な売上増のチャンスに目を奪われるようなことも戒めています。

―― 「やってみなはれ」ということですね。そうやってモチベーションを高めていくための環境づくりとしては、どのようなビジョンを皆さんと共有されているのでしょうか。

大矢氏: わたしは社員と3つの約束をしてるんです。1つ目は「転勤させない」です。転勤が必要になるほど会社の規模を大きくしないから、とにかく地元でNo.1になろう、と。そのためには、信用第一で、目先の利益に囚われてお客様のニーズを蔑ろにするようなことがあってはなりません。そんなことをしたらお客様に顔向けできませんからね。身なりももちろんそうですし、人間性を磨いて、愚直にお客様のために頑張っていこう、ということを口を酸っぱくして言っています。 
 2つ目の約束は、「社員全員に家を持たせる」です。愛知県の風土なのかもしれませんが、「自分の城をもちたい」という人が地元には多いんです。1つ目の約束ともリンクしていますが、転勤が多いと家を建ててすぐ転勤なんてことも起きますが、転勤がないなら、自分の城にずっと住み続けられるので、本人はもちろん家族の人たちも安心して人生設計を立てられます。
 3つ目の約束は、「社員の平均所得を地域No.1にする」です。具体的には、年収1000万以上の社員を1割以上にすることです。東京の大企業と違って、わたくしどものような規模の地元の会社では、このハードルはそれなりに高く、モチベーションが上がります。

―― 大矢さんのビジョンにはとても共感します。3つの約束は相互に繋がっていて、一言でいえば「安心して仕事に取り組める環境の提供」を約束されているのではないでしょうか。僕はかつての日本の高度成長の原動力が、単にマクロ経済的要因だけではなく、働く人たちの「人生の予測可能性」が担保されていたからではないか、と感じております。どういうことかと申しますと、今、日本の若いサラリーマンの人たちは、先行きの見えない将来に対してそこはかとない不安を感じています。かつては一生安泰といわれた、丸の内のメガバンクのエリートサラリーマンでさえ、混沌とした不確実性のなかで不安な気持ちで一杯と聞いています。一方、高度成長期は、確かに滅私奉公の猛烈サラリーマンが多かったのですが、中小企業を含めて終身雇用が保証され、長期にわたって人生設計が立てやすかったと思うのです。民族的な傾向もあるかもしれませんが、日本の大多数のサラリーマンの人たちは、英米人と異なり、そうやって安心感、安堵感を感じると、驚くほど組織のために頑張れる人たちだと思います。そのことを大矢さんは肌感覚で知っておられるんでしょうね。

大矢氏:おっしゃる通りです。地元で家をもって、一生地元でお客様のお役に立てるようお仕事させていただく、というビジョンに共感してくれる人たちに支えられています。若かりし頃、修行先の建設関連会社で良い経験をさせてもらい、弊社では社員に恵まれ、皆さまのお陰でお仕事させていただいていており、本当に感謝しております。

―― 素晴らしいです。さて、大矢さんとお話ししていると、松下幸之助氏の名言がよくでてきますが、松下氏に惹かれたきっかけについて教えていただけますか。

大矢氏:はい、30歳で東京から名古屋に戻り家業を継ぎましたが、その時、長年お世話になっている株式会社アマノ社長の天野信二氏からある勉強会に誘われました。天野氏がお友達の西濃運輸の田口義隆社長や古川元久衆議院議員らと共に名古屋で始めた壷中の会という集まりで、その勉強会の講師として江口克彦先生にお世話になり、お蔭様で松下氏の哲学を深いレベルで学ぶことができました。

―― なるほど、江口氏は松下幸之助氏の側近中の側近で有名な方ですよね。

大矢氏: そうです。実際、わたしは人生の重要な局面で師に出会えており、とてもありがたいことだと思っています。そういう恩を、恩返しすることも大切なのですが、それ以上に重要なのが、次世代に恩送りすることだと思っているんです。

―― 「恩送り」って良い言葉ですね。英語ではpay it forwardなんて言いますが、僕も好きな言葉です。

大矢氏: 松下氏の教えでもありますが、うちの従業員にはとにかく「一人だけの繁栄はない」ということを言い続けています。自分さえ良ければいい、という人はいりません。せっかく縁があって星の数ほどある会社の中でうちを選んでくれた人たちやご家族を幸せにしないわけにはいきません。そのためには、皆をリスペクトする姿勢が大切で、もちろんわたしは現場のパトロールも頻繁にしますが、その際とにかく「自分がされて嫌なことはするな、自分の子供がされて嫌なことはするな」と言い続けています。世間の会社ではパワハラとか労務問題が起きているようですが、お蔭様でそういう問題はうちでは起きません。
 また、うちの協力業者さんたちとの関係も大切にするように言い聞かせています。「下請け」なんて言葉を使ったり、彼らに対して偉そうな態度をとる人間は許しません。お互いの尊厳を尊重する姿勢が大切です。実際、この前現場を訪れたとき、協力業者の方々にはっきりと「お互い立場があって各々責任はありますが、「発注するから偉い」というのは間違っています。皆さんがいらっしゃらなければ、うちの仕事は成り立ちません。もし偉そうな態度をとる者がおりましたら、わたくしに直接ご連絡ください」とお願いしました。

―― 大矢さんのお話を伺っていると、禅でいう「空」(くう)の重要性とつながります。「人は人と人との繋がりの中でしか生きることができない生き物。多様な価値観をもつ人たちとの繋がりの中で、我執を捨て、「お互い様」「お蔭様」の気持ちで生きていくことが幸せへの近道である」という哲学です。おそらく松下氏も直接もしくは間接的に禅の影響を受けているのは間違いないでしょう。
 ところで愛知県はずいぶん以前から自動車工場等でグローバル化が進んでいる地域という印象がございますが、大矢建設ではグローバル化の影響をどうとらえておられるのでしょうか。「グローバル化」というと、東京の大企業は「アウトバウンド」つまり、M&Aを含めて日本から海外への進出というコンテキストでとらえる人が多いのですが、愛知県の工場地域は海外から日本への「インバウンド」の動きも盛んですよね。

大矢氏:はい、わたしは「内なる国際化」と言っているんですが、少子高齢化の荒波の中で、うちもアジアの人たちを採用しております。今のところ、中国やベトナムなどからですが、私としては外国から来る人たちが気持ちよく働ける環境を提供し、同時にうちの日本人社員も外国籍の人たちを物理的・心理的に自然に受け入れるようになることが「グローバル化」だと思っているんです。実際、うちで働いていずれ本国に戻った時、「あそこはいいぞ、また戻りたい」と言われるようであれば、わたしの目的は達成されたことになります。「ファンづくり」なんてよく言っているんですが。

―― 確かに、国境を越えたファンづくりこそ、グローバル化の本質ですよね。僕は過去5年ほど、毎年年2回だけですが日本の高校3年生にボランティアで教えているのですが、やはりまだまだ子供たちの頭の中にある「外国人」というのは欧米の白人なんですよね。それでそういう思い込みを変えてもらうために、こんな質問をしてみました。「2013年の訪日外国人客数は700万人程度でしたが、2017年は4倍の2800万人になりました。このうち中国人を含めたアジア人が占める割合は?アメリカ人の割合は?」と聞くと、「アジア人は5割で、アメリカ人3割」などという答えが返ってくるのですが、実際は、アジア人は8割超、アメリカ人は5%にも満たないのが現実です。つまり、頭のなかに漠然と浮かぶ「外国」と今の人たちが本当に意識すべき「外国」は大きく異なるんです。その意味で、大矢さんはアジアにフォーカスされていて先進的ですよね。だって、21世紀の日本にとって「外国」とはアジアであり、実際、欧米企業にとっても、世界の主戦場はアジアと認識されているぐらいですから、本来は若い人たちがパラダイムシフト(根本からの変化)を無視するなんてありえないわけです。

大矢氏: 同感です。実は、今、ミャンマーからも人を採用しようと思っていて、先日も行ってきたのですが、ミャンマー語って日本語と文法が非常に似ているらしいんですよね。文法が似ていると、単語だけ訳せばいいので、会話が成立しやすいんです。ベトナム語とかはかなり文法も違うらしく、実際、自動翻訳機とか使ってうちの社員も会話してますが、ベトナムの人たちはかなり言葉で苦労していて申し訳なく思っています。

―― ミャンマー語と日本語の文法が似ているとは知りませんでしたが、実に興味深い着目点ですね。最後に大矢さんのお好きな松下幸之助氏の言葉をご紹介いただければ幸いです。

大矢氏: 「奉仕の心を忘れてはいけない」ですね。やらされているわけでもなく、やってやるわけでもない。そういう気持ちでお互い支え合う「奉仕の心」がお互いの絆をつなぐのではないでしょうか。「たまたま」うちに生まれてきた。「たまたま」うちの会社に入ってきた。「たまたま」同じチームに所属した。「たまたま」知り合った。だけど、その「たまたま」は決して偶然ではないんです。だから、お互いの尊厳を尊重しながら、自分のすべきことを真摯にやる姿勢が大切です。そして、それを続けていることで、自分の新しい可能性を探ることもできます。テニスにたとえると、ベースラインで打ち合っているときに見えた景色とネットに出てみて見える景色は大きく違います。自分から能動的に動いてみて、初めて見える景色があるのです。たぶん、それがわたしを突き動かしているんだと思います。

― 大矢さんに会ったことのない人は、僕の文章だけ読んでいてtoo good to be true(ほんまかいな)と思うかもしれません。でも、本当に大矢さんはストリートスマートで、「抽象化」ができる数少ない人です。地上の目線で周囲を見渡すと、自分の近くの人しか目に入りません。でも、100メートル上、1000メートル上から俯瞰すると、自分の子も、他人の子も、同じように見えます。そうやって、皆のことを心底大切に思える人は、実はこの世にそんなにいません。おそらく全体の1%もいないでしょう。みんな自分のこと、自分の家族のことだけで精一杯です。人のことなんて考える余裕はありません。でも、一般大衆はそれでいいんです。だからこそ、世のため、人のため、社会の諸問題の解決に貢献できる、ごくごく限られたリーダーの条件の中で最も重要なのが「抽象化能力」と「ストリートスマートさ」だと思っています。今日は長時間にわたりありがとうございました!

<聞き手:スティーブ・モリヤマ

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著者紹介

スティーブ モリヤマ (Steve Moriyama)

☆☆☆ベルギー王国ブリュッセル在住 。英国ケンブリッジ大学院及びカトリック・ルーベン大学院(ベルギー王国)修士課程修了。米国ハーバードビジネス スクール GMP 修了。イングランド・ウェールズ勅許会計士協会上席会員 (FCA)、ベルギー王国公認 税理士協会正会員 (CTC)。『その「日本人論」に異議あり!』『人生を豊かにする英語の諺』など著書17冊。雑誌連載は、『クーリエ・ジャポン』『月刊・事業構想』『GOETHE』『日経ビジネスオンライン』など。好きなものは、海、酒、旅、犬、活字、薔薇。 ツイッターID: stevebrussels  

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