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御成門新報公式サイトオープン

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近代から現代に至るまで、人類社会の発展を支えてきたのは科学技術の発展でしたが、その基礎は 17世紀にデカルト•ニュートンによって確立された近代合理主義に立脚した近代科学の上に基づいています。それは「機械的世界観」と「要素還元主義」を柱とする思考の枠組み(以下パラダイム)で成立している学問です。機械的世界観とは「世界がいかに複雑に見えようとも結局は一つの巨大な機械である」という捉え方を指します。要素還元主義とは「人間が何かを認識する時にその対象を単純な部分の要素に分類•分割し、その分類した要素を詳しく調べ、問題があればその部分を修復し再び元の形に戻せば良い」という捉え方です。この2つのパラダイムは世界が農業化から工業化へ変化していく中で「無ければ造るしつくれば売れる」という状況の中、恐るべき切れ味をみせました。

 ところが、この 2つのパラダイムは今、息切れを起こしています。それは機械的世界観においては「全体を部分に分割する都度、全体に内に含まれる大事な何かが失われていく」、要素還元主義においては「重要でないと考えられる要素は捨て去っていく事にならざるを得ず、何が重要で何が重要でないかの判断は当事者が所有する思考の枠組みによって独断的に決められてしまう」という各々の限界点が見え始めているからなのです。つまりこれらは 2項対立の思考、分離分割の思考とも言え、主観と客観や全体と部分をそれぞれ対照的に分析的に捉えてその反対の一方を捨て去るという思考形式では現代事象が捉えられなくなってきた事を指すのです。

 しかし、よく考えてみるとみるとこれらのパラダイムは近代に発生したものです。そしてその近代のパラダイムという眼鏡をかけて現代を理解する事自体に無理があるのではと私たちは考えました。

 そこで私たちは かつての偉大な先人達のように、メディア運営を通して現代にふさわしいパラダイムを「独立不覊、不偏不党、官民調和」に基き、知足利他の視座で読者の皆様と創成していきたいと考えるに至ったのです。
御成門新報は読者と共に現代そして未来へのパラダイムを紡いでいくオープンエンドのインターネットメディアを目指し歩んで参りたいと考えています。

【Steve’s Bar連載第10回】【はにかんで生きる数寄者のまなざし】(前篇)

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Interviewed by Steve Moriyama

―― 還暦を機にCEOを交代し、サバティカル(キャリアを一時中断し休むこと)中に東大大学院で明治維新以前の日本社会や美術史等について研究された潮田洋一郎氏。「オーナー経営者たるもの、100年先まで考えねばならない」と言い切るだけあって、読書家かつ美術や音楽の分野を含め多才で、欧米エリートとも互角に戦える教養をもつ博覧強記の方です。レスペクトをこめて、いつも「U先生」と呼ばせていただいておりますが、僕がうかがう、時に難解な質問にもわかりやすく答えてくださるので本当に勉強になります。

 そもそも、21世紀の今、一つのことだけを掘り下げていても、様々な要素が複雑に絡み合う現代社会を理解するのは困難です。あまたある「現象」の山のなかで身を潜めてこちらに向かって不敵な笑いを浮かべている「問題」。そこにたどり着くのは容易ではありません。領域横断的な知識と視点をもってはじめて、問題の真因を掴めるのではないでしょうか。その意味で、巨大企業を長年経営あるいはガバナンスの観点から見てこられて、さらに遊びも極みまでご経験され、リベラルアーツを中心に多様な分野の膨大な数の書物を読まれてきたU先生は、多くの教授の方々にとって「独特の観をもつ未知の存在」だったに違いありません。僕は、U先生とのご縁の記念品としてだけでなく、物書きの使命として、混沌の時代を生きる、迷える日本の若い人たちのためにも、我がメンターの知見を文字に残しておきたいとおもっております。今日は長丁場ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

潮田氏: それほどのものではございませんが、わたしが駒場の二年間、クラス担任だった蓮實重彦教授(元東大総長)のいう「はにかんで生きる姿勢こそが日本の美意識だ」という視点にわたしも同感します。世間には、自説が無謬であるかのように振る舞う天下無敵な人が時々いますが、たとえ定説でも本当かと考える姿勢を教わりました。

 わたしの場合、還暦を過ぎて人生の選択肢がほとんど無くなった。でも、これからの世の中の課題に対して、自分なりの見識を養おうと、再び本郷の地で勉強しました。それに、自分でゼロから資産を築いた創業者ではありませんから、一生ギラギラして生きることもできないですし(笑)。

―― なるほど、たしかに、一部の政治家や成金長者のようなギラギラ感は、はにかみが欠けていて、興醒めです。まさに貴著『数寄語り』でも触れておられた「旧家の長男の風流」ではないでしょうか。さて、さっそく質問です。そもそも「芸術」という概念はどのような経緯で生まれたのでしょうか。

潮田氏: 芸術という概念は、いつどのように形成されたか詳しくは知りませんが、天才モーツァルトには芸術意識は無く、ベートーベンから芸術概念に支配されたのだと、チェコの作家ミラン・クンデラの「不滅」にありました。近世、不滅の名を残さんがために、大衆や歴史を意識し始めた滑稽な人物たち。芸術概念は、その文脈にあるような気がしないではありません。芸術概念が無かった江戸時代の日本で育った柴田是真は、江戸の人気を独り占めした塗師で絵師でしたが、パリ万博に漆絵板を出品して「アートではない」と言われたそうです。それで、板に額縁を付けて出したらアートになったという。クラフトはいかに優れた技量でも、アートの下風に立たされるわけです。能書ではアートにならないから、皆が前衛を気取って変てこりんな書を書く。。。明末の文人傅山は歴史に残る書を書いたのですが、子供たちに強調したのは「下手でも良いから物欲しそうに書くな」という点でした。「芸術」や「個性」という言葉に縛られて、物欲しそうな表現が世に溢れているように思えます。

―― 「物欲しそうに書くな」ですか、実に面白いご指摘です。結局、変に意識すると自然体が壊れ、「我執」に囚われてしまうということを言われているのでしょう。「我執は全ての問題の根源也」という言葉もありますが、物欲しそうな表現、卑しい態度・・・すべて我執が根源といえるのではないでしょうか。それが芸術を壊してしまうのかもしれません。先ほどおっしゃっていた「はにかんで生きる」という哲学も、この点に対する警鐘のように思われます。

潮田氏: たとえば、最近の書家を見るにつけ、せっかくの臨書の鍛錬が個性表現の自縛の下で変に前衛的になっているように思えてなりません。ところが、皆が個性的だと思っていても、結果的には似たり寄ったりになる。コンテンポラリーアートも、個性的と言いながら、高く売れているスタイルにみんなが近づいて、陳腐に見えてきます。結局、百万人に一人なんですね、後世に残る美を創れる人は。。。気負わずに真摯に美と向き合うのは、実に難しいことだと思います。

―― なるほど、個性的であろうとすればするほど、金太郎飴になっていくわけですね。

 さて、そんなU先生がお書きになられた茶道の本『数寄語り』。実に粋な本です。読み方は「すきがたり」でよろしいのでしょうか。「数寄者」は「すきしゃ」でしょうか。「数寄」は「好き」に通ずるということでしょうか。

潮田氏: 「すきがたり」「すきしゃ」で結構です。「ちゃのゆしゃ」という表現もありますが、ちょっとニュアンスが違います。数寄の方が広い。そう、数寄は「好き」から来ている言葉です。「数寄者」とは、もともと和歌や連歌マニアを指していたのですが、戦国時代から江戸初期に茶の湯のアマチュアで風流な人たちを指すようになったようです。

―― なるほど、そういうことでしたか。それにしても、全体を通して流れてくる、静かではありますが、力強い氣が読み手を心地よい気分にさせてくれます。特に、九十歳近い林屋翁の好感度の高い語り口が絶妙なスパイスになっていて、何とも言えない良い氣を練ってくれている感じがします。

 三回読ませていただいて、この本がU先生の亡きお母さまへのオマージュであることに気づきました。不思議なことに、ページをめくりながら、U先生がお母さまとお茶をご一緒されているお姿が脳裏に浮かびました。仏教の難しいことはよくわかりません。しかし、僭越ながら、こうやって故人の輝いていた瞬間を思い出してあげることが最高の供養だと思っております。とても処女作とはおもえないご本をお贈りいただき、心よりお礼申し上げます。また、次作を心待ちにしております。

潮田氏: ご丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。そうですね、たしかに、母と一緒に茶事を一度もしなかったことを後悔しています。。。

 鼎談相手については、藤田和尚以外はみなプロが対談者で、数寄者が登場しませんでした。なぜなら、物事を抽象化して表現するディレッタントが少ないことによります。現代に茶の湯の本を数寄者が書いてこなかったのは、不思議ではありますが、これが叩き台になってそれぞれの茶が本になれば、風流の見直しに通じると思います。最近は流儀茶道の主婦の皆さんの点てる茶を馳走になることもありますが、それはそれで楽しんでいる様子を見て、「数寄の茶」を相対化することができました。家元流儀の茶道は、作法事の反復で茶の湯ではありませんけど、それはそれで面白い。
 
―― ものごとの「抽象化」「相対化」は本質への近道ですよね。「数寄者の茶」と「作法事の茶道」を俯瞰し、相対化してみることで、「数寄者の小宇宙」が臨場感をもって迫ってくるわけですか。実に、興味深いです。たまたま数日前にハリール・ジュブラーンの「美」に関する詩の超訳に再挑戦したのですが、その際あえて書き足したコトバがまさに「宇宙」でした。「小宇宙」としたほうがいいかもしれませんね。素敵なコトバです。

 Beauty is eternity gazing at itself in a mirror. But you are eternity and you are the mirror. – Kahlil Gibran

 この詩の一節を、やたら字余りで恐縮ですが、次のように意訳してみました。

 「美の判断基準は、時空を超えて一定のものではない。時代によっても、国によっても、違った解釈が生まれる。ただし、美を判断する主導権は、いつだってあなた自身にある。美とは、自分の価値観に基づいて、自分と他者とのつながりを、そして自然、神との関係性を純粋に煎じ詰めたもの。その結果あなたは、つながりの中でしか存在しえない人間という存在を再認識し、宇宙全体とつながってることに気づくだろう。そうした気づきが、自然にあなた自身の内側からにじみ出てきて、他者を魅了する。同時にそれは、他者の中にある美しさを見つけだす、あなた自身の力の源泉にもなる」

 僕は、茶の湯はわかりませんが、なにより日本文化の維持が自分のミッションだと感じています。これからの時代、ひとつのことだけを学んでいては、物事を本質的に理解できないような気がするのです。全体を俯瞰し、領域横断的に様々な分野との連関性を見極め、隠れた内在的論理を掴むことが、本質を掴むことへの近道といえるかもしれません。だからこそ、僕は18年前に(専門分野以外での)モノカキになったわけです。

 さて、あるとき、個人的に親しくさせていただいている大企業の社長からメールをいただいたのですが、その人が2010年に僕が書いたエッセーのことを思い出させてくれました。

 「石庭にある15個の石のうち、一度に見ることができるのは14個のみ。必ず一つは他の石に隠れて見えない。これを不満に思うなかれ、むしろ14個も見ることができる喜びをかみしめたまえ。決して満たされることのない人間の欲望、性(さが)に対して、龍安寺の石庭は沈黙を守りながら警鐘を鳴らし続けている」

 こんなことを書いたことは忘れていましたが、ときどき講演でつかってくれているそうです。考えてみると、これも、U先生が以前、岡倉天心の話をしてくださった時に教えてくれた、「不完全を愛でる文化」に通じるのではないでしょうか。

潮田氏: なるほど、そういう見方もありますね。

 南北朝の戦乱が収束し、強大な力を得た足利義満は、大内氏などの大大名とともに、何度も遣明船の船団を組んで貿易をしながら、同時に大勢の禅僧を留学させました。そのために、五山を始め、多くの寺院では漢文をそのまま中国語発音で読み、会話も南京官話だったといわれています。中国の名勝を実際に観てきた義堂周信、絶海中津等の禅僧や、雪舟などの画僧は、それを漢詩にしたり水墨画として描くだけでなく、「作庭」でも表現したのです。つまり、詩と画と庭は3点セットになっていたわけです。東大美術史のゼミで、遣明僧の日記類を読みましたが、足利義満が別荘鹿苑院に天皇の行幸を得んがために、禅僧と何度も打合せして庭園を設計している様子も記述されていました。

 ユング心理学の「箱庭療法」ではありませんが、庭はマイクロ・コスモスで、心象を風景に落とし込む大掛かりな道楽です。禅寺の庭とて、開山のパトロンの心象風景なんだと思います。京都の拙宅の近くに野村證券創業者の野村徳七氏や松下幸之助氏の別荘がありますが、彼らが庭にかけた情熱は見事です。経営の神様たちを理解するには、案外庭を見るのも一興ですよ。実は、わたしも作庭にはまっています。

―― そうなんですね、今度U先生がおつくりになられた京都の別荘のお庭を見せていただけたら嬉しいです。ところで「箱庭療法」とは河合氏などの本で見かけた記憶がありますが、精神分析の世界のお話ですよね。

潮田氏:ええ、随分前のことですが、わたしは一年間、毎月一度箱庭と夢分析のセラピーに計12回通って、自分という不可解なものの姿が朧げながら見えてきました。方法が相互に補完しあっていて効果的でした。1メートル四方の底がブルーな盆に、砂があります。砂を掻けばブルーの水となる。木や建物や各種人間などのミニチュアがたくさんあって、それらを配して表現をする。どんなものであれ、そこに潜在意識が現れるという前提で、セラピストは何も断ぜず、ただ個々の造形意図に質問を繰り返す。それをもって、自分で抑圧していた何かに気づかせる、というやりかたです。

 自我の殻がどう形成されたのか。何を閉ざし、何を開いて外界と交流、及び遮断をしているのか。それは何故か。といった事を発見するにいたります。箱庭に夢分析を並行することで、潜在している恐れや抑圧の正体を知ります。

 わたしを診てくれたセラピストは河合隼雄氏とユング研究所で一緒だった人で、ご紹介したいところですが、彼女も河合隼雄氏も共に亡くなってしまいました。良いセラピストと巡り合うといいですね。自分の心の中の探検ほどエキサイティングな旅はありません。

―― 「エキサイティング」というお言葉に惹かれます。僕も自分を知るということに十代から興味があり、いろいろな精神分析学の本を読み漁りましたが、結局、到達した浅い結論は、間違っているかもしれませんが、人間というものは、社会との接し方について、「生まれてから最初の、かつ 最も複雑な人間関係である家族」との関わりに、いくつになっても影響を受ける(なかなか逃れられない)、というものでした。

 特に 女性の場合は、父親との関係性(and/or 父親と父方の祖母との関係)に重要なヒントが隠されているような気がしますが、一方で、同性である母親(and/or 母親と母方の祖父との関係)にも影響を受ける可能性がある気がしています。

 一方、我々男性については、日本社会の場合、高度成長期には 父親不在の家庭も多く 過干渉の母親の影響を受けた男性は少なくないと思います。ある意味、機能不全家族的な家庭が日本には少なくなかったはずです。もしかすると、それが滅私奉公サラリーマンたちにより支えられる“エコノミックアニマル”日本企業を多数生み出したのかもしれません。

 ただ、父母・祖父母・兄弟以外に、抑圧の源泉があるとすると、どんなものがあるのでしょうか。いずれにせよ、抑圧の源泉を知ると、どう自分が変わっていくのか、換言すれば、いかに幸せに近づけるのかという視点にはとても興味があります。

潮田氏: そうですね、その答えを、つまり抑圧で潜在意識化に沈んだものの正体を、セラピストとともに窺い知るのは、生きる上で無駄なことではないと思います。九鬼周造の言うように、人間は元々何かを欠いて産まれて来るのか、あるいは、抑圧によって欠くのかはわかりませんが、「不完全」であることは事実です。

 幼年時代から、人は周囲との関係で人生の選択肢に一つ一つ蓋をしていきます。わたしの場合は、家庭をかえりみなかった祖父と、家庭的な父との葛藤が、そのままにわたしの抑制と許容とになったようです。主に父によって、わたしの生き方の選択肢は大きく減らされ、それが潜在意識の中に漂っています。もちろん、結婚で作る家族もまた選択肢を奪っていきます。一つを放棄することで、他の一つを得る、ということかもしれません。あるいは、子供の頃の罪の意識にも蓋が被さる。親しい友達を傷つけた苦い思いなども、いつの間にか潜在領域に封印されている。それが漠然たる不安の源泉だったりもする。こういった諸々の無意識領域の物を、漠然とではあるが再発掘して、整理しておくのは、前向きな作業だと思います。

―― なるほど、前向きな作業であれば、やらない理由はありませんよね。まったく偶然なのですが、中年になってから、学生時代にはまっていた開高健の釣り関連の本を読み返してみて、あの方の原動力の正体はなんだったのだろう、と考えていたら、「内面の旅」への渇望だったのではないかと感じました。そして、恥ずかしながら、それを自分なりにこんな言葉にしてみました。 
 
 「世界中を旅した者が、最後にたどりつくのは『内面の旅』の入り口。自国文化への回帰の旅から始まり、やがて自分自身と、そして大切な人の心の中を旅する自分を発見することだろう」(Steve Moriyama)

<後篇につづく>


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著者紹介

スティーブ モリヤマ (Steve Moriyama)

☆☆☆ベルギー王国ブリュッセル在住 。英国ケンブリッジ大学院及びカトリック・ルーベン大学院(ベルギー王国)修士課程修了。米国ハーバードビジネス スクール GMP 修了。イングランド・ウェールズ勅許会計士協会上席会員 (FCA)、ベルギー王国公認 税理士協会正会員 (CTC)。『その「日本人論」に異議あり!』『人生を豊かにする英語の諺』など著書17冊。雑誌連載は、『クーリエ・ジャポン』『月刊・事業構想』『GOETHE』『日経ビジネスオンライン』など。好きなものは、海、酒、旅、犬、活字、薔薇。 ツイッターID: stevebrussels  

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