■世界のシネマ散歩《第9回》『迷子の警察音楽隊』(原題)THE BAND’S VISIT
ストーリー
1990年台初頭、平和交流のためイスラエルに招かれたエジプト、アレキサンドリア市の警察音楽隊員8人がイスラエルの空港に降り立った。手違いから迎えが来ない中、25年の歴史を誇る音楽隊を率いる誇り高いトウフィーク団長は、自力で公演場所に行こうとバスに乗るが、降り立ったところはホテルもないネゲブ砂漠にあるさびれた街であった。一字違いで間違った街に来てしまい途方に暮れる彼らは、バス停そばの食堂の女主人の好意でバスが来る翌朝までの一晩を食堂、女主人の家、常連客の家に分宿させてもらうことになる。イスラエルの一般家庭に図らずも泊まるはめになったアラブ人がユダヤ人やアラブ系イスラエル人ら地元の人たちと通わす心温まるヒューマンドラマの行方は・・。
ビューポイント
それまで4度の中東戦争を戦ってきたエジプトは1979年アラブ諸国の猛反対の中、イスラエルと歴史的なキャンプデービッド和平合意を取り交わした。1981年には一方の立役者であるサダト・エジプト大統領のアラブ過激派による暗殺があったが、この映画の設定である1990年台初頭の中東は、イスラエルとアラファト議長率いるPLOが和平のための対話を継続しており、わずかながら和平の希望が見え隠れしていたころであった。この映画は1973年生まれの若いイスラエル人監督が自身の体験も踏まえ、政治的に微妙な立場にある両国の人たちが、生活習慣、宗教の違う中での偶然の一晩の心の交流を紹介することにより、国と国との政治的な対立を殊更強調せず、彼らがよんでいた“冷たい平和”のなか、普通の人達がその場に居合わせるとどうなるか、という人間本来の優しい感情をほのぼのと描いた映画となっている。劇中、彼らがしゃべる言語はお互いに必要な時は英語、お互いに聞かれたくない時はアラブ語、ヘブライ語と多彩で現実をそのまま反映させておりユーモラスだが、馬鹿げたことにアカデミー賞外国語映画賞へのエントリーは英語が半分以上という規定から却下されてしまった。また政治的色彩が非常に薄いにもかかわらずイスラエルの所業を見ればこのようなことは楽観的過ぎるということで、エジプトでは上映禁止になったが、2008年の東京国際映画賞でグランプリを受賞し、カンヌ国際映画祭では「ある視点部門」で審査委員長賞も受賞している。主演はアラブ人特有な頑固な団長トウフィークを演じるアラブ系イスラエル人俳優サッソン・ガーベイ、本人はイラクに生まれイスラエルに移住したバリバリのアラブ人であり、映画の中でも郷愁を含んだ歌声でアラブの歌を最後に唄ってヨーロッパ映画賞で主演男優賞を受賞した。この映画は音楽を通じた異文化交流を静かにユーモアを交えて描いているが、その音楽はいたずらに両国の音楽を出さずに当時流行した欧米の音楽を多用していることも特徴だ。音楽隊唯一の若者、カーレドが地元の若者2カップルと5人でスケートリンクに行って遊ぶシーンでかかっている音楽は、ボビー・ヘブの「SUNNY」、カーレドの好みはチェット・ベイカーの「MY FUNNY VALENTINE」、このアラブの若者が、イスラエル人のうぶな若者に女性の扱いを教える場面が世間一般のアラブ人観、イスラエル人観を逆転しておりユーモアにあふれて面白い。イスラエルの強硬姿勢は変わらずアラファット亡きあと長年の和平交渉に疲れが見え始めた中東問題も最近では話題に上ることが少ないが、筆者は最近のイスラエル映画は懐が深く、2008年のドキュメンタリーアニメーション「戦場でワルツを」のように政治的メッセージよりも人間本来の愛情による理解をお互いに深めようとしていることに注目している。(Ryu)
(制作国)イスラエル フランス アメリカ
(日本公開)2007年12月
(上映時間)87分
(監督・脚本)エラン・コリリン
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