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御成門新報公式サイトオープン

御成門新報公式サイトオープン

近代から現代に至るまで、人類社会の発展を支えてきたのは科学技術の発展でしたが、その基礎は 17世紀にデカルト•ニュートンによって確立された近代合理主義に立脚した近代科学の上に基づいています。それは「機械的世界観」と「要素還元主義」を柱とする思考の枠組み(以下パラダイム)で成立している学問です。機械的世界観とは「世界がいかに複雑に見えようとも結局は一つの巨大な機械である」という捉え方を指します。要素還元主義とは「人間が何かを認識する時にその対象を単純な部分の要素に分類•分割し、その分類した要素を詳しく調べ、問題があればその部分を修復し再び元の形に戻せば良い」という捉え方です。この2つのパラダイムは世界が農業化から工業化へ変化していく中で「無ければ造るしつくれば売れる」という状況の中、恐るべき切れ味をみせました。

 ところが、この 2つのパラダイムは今、息切れを起こしています。それは機械的世界観においては「全体を部分に分割する都度、全体に内に含まれる大事な何かが失われていく」、要素還元主義においては「重要でないと考えられる要素は捨て去っていく事にならざるを得ず、何が重要で何が重要でないかの判断は当事者が所有する思考の枠組みによって独断的に決められてしまう」という各々の限界点が見え始めているからなのです。つまりこれらは 2項対立の思考、分離分割の思考とも言え、主観と客観や全体と部分をそれぞれ対照的に分析的に捉えてその反対の一方を捨て去るという思考形式では現代事象が捉えられなくなってきた事を指すのです。

 しかし、よく考えてみるとみるとこれらのパラダイムは近代に発生したものです。そしてその近代のパラダイムという眼鏡をかけて現代を理解する事自体に無理があるのではと私たちは考えました。

 そこで私たちは かつての偉大な先人達のように、メディア運営を通して現代にふさわしいパラダイムを「独立不覊、不偏不党、官民調和」に基き、知足利他の視座で読者の皆様と創成していきたいと考えるに至ったのです。
御成門新報は読者と共に現代そして未来へのパラダイムを紡いでいくオープンエンドのインターネットメディアを目指し歩んで参りたいと考えています。

愛知大学図書館のコレクションに関する特徴と研究動向

はじめに

愛知大学図書館の蔵書の特徴を述べるためには、愛知大学の歴史を知ることで蔵書の成り立ちの重要さが理解できる。愛知大学のルーツ校「東亜同文書院大学」が、1901(明治34年)上海に誕生した「東亜同文書院」として発展し、1939(昭和14年)大学に昇格して成立したものである。

当時の東アジアは欧米列強の圧力が清国へ一層強まる中、日本も危機感を抱いていた。その中弱体化しつつある清国と提携し東アジアの安定を図ろうとする動きが、それまでの欧米指向中心であった日本の中に新たに芽生えてきた。

具体化するには、次の3名の方の役割が歴史的に重要な役割を果たすことになる。後に、「東亜同文書院」設立の3聖人と呼ばれる。

 

1 愛知大学の歴史(戦前)

まずは荒尾精(1859~1896)により日清間の貿易を目指し、貿易実務者を養成するため1890(明治23年)に上海に開学した日清貿易研究所である。卒業生を約90名輩出している。しかし日清戦争がはじまり、荒尾がめざした当初の目的は達成できなかった。日清戦争で日本が勝利し、日本は清国に対して「賠償金問題」を求めたが、荒尾は貿易発展のためには、賠償金請求に反対を表明していた。

次に当時、近衛家の筆頭になっていた近衛篤麿(1863~1904)は、2度のヨーロッパ訪問を行う中で、ヨーロッパのアジア戦略を知り、東アジアの安定化のためには日清間での教育、文化交流の必要性を痛感する。1899(明治32年)に帰路清国に立ち寄り、両江総督、劉坤一(りゅうこんいつ)、湖広総督、張之洞(ちょうしどう)に会い教育する学校を南京に開設承認を得た。1900(明治33年)「南京同文書院」を南京に開学し、日本人学生24名は、清語、英語、商業、政治を学び始めた。但し、南京清国の学生は、近衛が東京自宅に用意した「東京同文書院」が受け皿になった。日清両国の学生が学べるのは20年後になる。

そして根津一(1860~1927)は、北清事変により「南京同文書院」が上海に移ることとなり「東亜同文書院」に改名した際の、初代院長になる。

私は愛知大学に就任後、愛知大学の歴史を知りたく調査をした。最初に図書館に出向き、アジア地域関連コレクションの内容の充実さに驚かされた。同時に、愛知大学の創設までの歴史を調べた。愛知大学は、1946年11月に旧制大学の法経学部として予科として認可された。この創設に協力したのは、上海の東亜同文書院大学、京城帝国大学、台北帝国大学であった。旧豊橋陸軍第一予備士官学校跡に創設された。根津は、荒尾、近衛の意志を受け継ぎ、カリキュラムは、清語、英語、貿易、商業科目、さらにフィールドワークとして「大調査旅行」を設置した。

1905年日中両国の経済提携と善隣友好の促進をめざし、画期的なビジネス教育を実践した。自立できる中国語と英語の習得と、貿易取引の仕組みや商品などの調査を通して中国の現実を知るためのものであった。第2期卒業生が外務省の委託を受けて始まり、その調査コース総数は700近くに達した。2人から6人で班を結成した書院生は、希望地と希望調査テーマを持ち、中国各地や東南アジアへ3~5か月間、徒歩中心による調査を行った。この時の卒業論文「調査報告書」、日記体の記録「大旅行誌」は、20世紀前半期の近代中国を知る貴重な資料として、愛知大学で所蔵している。「調査報告書」とは別に、」第5期生の『踏破録』(1907年)は各期ごとにまとめられ、40期生の『大陸紀行』(1943)まで刊行されている。

根津は、荒尾精と近衛篤麿の意志を受け継ぎ、永く院長を務めることになる。根津自身は、中国古典をベースにした倫理学の授業をもち、卒業性がビジネス界で活躍できるように「倫理」「徳」の必要性の指針を示し、書院生からとても尊敬された。それは学生から見ると、あたかも神様の様であった。

 

2 愛知大学の歴史(戦後)

1945(昭和20年)、敗戦とともに「東亜同文書院」は幕を閉じることになった。卒業生は、約5000人となる。彼らは、入学の際は府県費生で給付奨学生として入学した。書院の経営は、東亜同文会が担った。

愛知大学は、1946(昭和21年)年、東亜同文書院大学最後の学長本間喜一、小岩井浄、神谷竜男、木田彌三旺をはじめとした東亜同文書院大学の関係者、豊橋市長の支援、旧陸軍士官学校(旧陸軍第15師団)跡地に、当時、中部地区唯一の法文系大学として創立された。吉田茂内閣総理大臣に旧制大学として認可され、日本で第49番目の開学になった。初代学長は、元慶應義塾長の林毅陸(1872-1950)、第2代は本間喜一(1891-1987)、第3代は小岩井浄(1897-

1959)らによって、礎が作られた。上海から持ち帰った東亜同文書院の学籍簿・成績簿は愛知大学が保管している。

「愛知大学設立趣意書」ここに「。。。世界平和に寄与すべき日本の人文の興隆と、才能ある人材の養成という点につきるのである。」「世界文化と平和に寄与すべき新日本の建設に適する人材は、国際的教養と視野を持つごとが最も資格のひとつとかんがえられる事情にたらし、本大学としては一般的な学問の基礎の上に各国の政治、経済、文化の研究に重点を置く。。。」。以上の見地から、我々は微力も顧みず、ここに愛知大学設立の行動に出ようとするものである。

 

3 図書館学から図書館情報学へ

図書館情報資源からのアプローチを行う。図書館学から図書館情報学へと書誌学的なアプロ―チと図書館学のアプローチは目録、分類つまり古典のような最後の古い資料を明確にする機能も同様であった。1980年代からコンピュータの導入も、図書館学、資料論にも大きな変化をもたらした。コンピュータから始まる現代の図書館機能は、携帯からスマホへの進歩同様、図書館学は、マイクロ化、そしてデジタル化、資料の保存のメソッドも、いまや図書館情報学の取り扱いとしては、情報資源へ移った。しかしながら、今、図書館情報学が果たして独り歩きしているのか。

図書館学が科学であるのかと同様、図書館情報学も科学と言えるのかはいつ

も、頭の隅に残っている。自然科学は、非科学から科学に進化しているが、人文

社会はそんな単純ではない。Library Economyから一気にLibrary Scienceに

シフトしたのも胡散臭い。多分、図書館学も図書館情報学も非科学から一気の科

学ではなく、未科学としての歩みを演じなければならない。ここに今回の竹村文

庫のデジタル化の意味が明確になるのである。

 

 

 

4 愛知大学の資料コレクション概要

図書館情報資源からのアプローチを行う。図書館学から図書館情報学へと書誌学的なアプロ―チと図書館学のアプローチは目録、分類つまり古典のような古い資料を明確にする機能も同様であった。1980年代からコンピュータの導入も、図書館学、資料論にも大きな変化をもたらした。コンピュータから始まる現代の図書館機能は、携帯からスマホへの進歩同様、図書館学は、マイクロ化、そしてデジタル化、資料の保存のメソッドも、いまや図書館情報学の取り扱いとしては、情報資源へ移った。しかしながら、今、図書館情報学が果たして独り歩きしているのか。

図書館学が科学であるのかと同様、図書館情報学も科学と言えるのかはいつも、頭の隅に残っている。自然科学は、非科学から科学に進化しているが、人文社会はそんな単純ではない。Library Economyから一気にLibrary Scienceにシフトしたのも胡散臭い。多分、図書館学も図書館情報学も非科学から一気の科学ではなく、未科学としての歩みを演じなければならない。ここに今回の竹村文庫のデジタル化の意味が明確になるのである。

 

5 愛知大学の中国関係コレクション

東亜同文書院大学の経営母体であった東亜同文会と折衝し、霞山会館図書室所蔵の現代中国関係を主とする図書約3万5000冊の委託を1947年に受けて、1950年に買収し図書館が設置できた。東亜同文会は、日清戦争が終わった3年後の1898年に誕生した。1897年に陸羯南を主とする東亜会と1898年近衛篤麿を中心とする同文会が合併し東亜同文会になった。

「東亜同文会綱領」には、①支那の保全、②支那の改善を助成、③支那の時事を討究し実行、④国論の喚起、がうたわれている。

東亜同文書院は1901年設立、1939年に大学昇格、1945年に廃校された。初代会長は、近衛篤麿氏が就任した。

 

6 愛知大学図書館アジア地域関連コレクション

(1) 霞山文庫 35,000冊

(2) 簡斎文庫 元蔵相小倉正恒旧氏蔵書 漢籍、国書30,000冊

(3) 霞山会・田尻文庫 元外務次官田尻愛義氏蔵書 和書、中国書5,200冊

(4) 竹村文庫 元旧制浦和高等学校教授 竹村昌次氏旧蔵 洋書916冊

(5) 中国学術交流文庫 中国書1,700冊

(6) 中日大辞典文庫 和書、中国書3,277冊

(7) 浅川文庫 元中国研究所常任理事浅川賢次氏 和書、中国書 2,166冊

(8) ライヒマン文庫 洋書979冊

(9) 小川文庫 小川昭一氏旧蔵 和書、漢籍 3,770冊

(10) 佐藤文庫 元愛知学芸大学長佐藤匡玄氏旧蔵書 3,750冊

(11) 徳永文庫  旧京都帝大教授徳永清行氏旧蔵書図書664冊、雑誌42誌

 

上記の中から(1)霞山文庫と(3)竹村文庫(8)ライヒマン文庫についての詳細を記載する。

霞山文庫が、東亜同文会から愛知大学に引き継がれた資料を分類すると次

の通りになる。

①東亜同文会の蔵書。

②東亜同文会内にあった支那省別全誌刊行会がその活動のために収集した資料。

③東亜同文会が保存していた東亜同文書院支那調査報告書。

①②の分野は、社会・経済・政治法律関係の図書が中心であり、当時の定期

刊行物や関係諸団体発行の資料が多い。また②は省別全誌編纂にために収集

した図書であるから、中国の地誌関係の中国書も多い。

 

7 「霞山文庫」の主要な資料紹介

・日清貿易研究所『清国通商総覧通』3巻(1892年)

・東亜同文会

機関誌 『東亜同文会報告』のちに『東亜同文会支那調査報告書』のち

『支那経済報告書』

・東亜同文書院

機関誌 『支那研究』『東亜研究』

・民間機関発行

雑誌 『支那時報』(支那時報社)『満蒙之文化』(満蒙文化協会)のちに

『満豪』『満州評論』(満州評論社)『上海』(上海雑誌社)『金曜会パンフレット』(金曜会)

・南満州鉄道株式会社、東亜研究所、興亜院、台湾総督府、朝鮮総督府

資料 「調査叢書」「調査報告書」「調査資料」「調査月報」

・民国時代

法律関係 印鑑局官書科編『法令輯覧』(1917年)10巻、国務印鑑局篇『法令輯覧続編』(1919年)4巻、立法院編『中華民国法規彙編』(1934年)9巻『中華民国法規彙編』(1936年)3巻。

 

以上、6及び7は『愛知大学の中国関係コレクション』林 三幸 アジ研ワールド・トレンドNo.138 p26~29.2007年3月 より引用。

 

 

8 「竹村文庫」紹介

愛知大学にある「竹村文庫」を紹介する。「竹村文庫」は旧制浦和高等学校教授竹村昌次氏の旧蔵書であり、1664年から1938年に刊行された欧文図書からなっている。文庫の内容は、ヨーロッパ、アジアの文化、歴史、宗教に関する概説書、研究書、アジア諸語の欧文訳、及び各地に派遣された使節、宣教師、探検家の報告書である。

竹村氏の蔵書が愛知大学に寄贈されたのは、1953年5月28日である。竹村氏は、1942年4月に『朝日新聞』4月6日朝刊によると67歳で亡くなったことが掲載されている。竹村氏は、『旧制浦和高等学校同窓会会員録昭和15年版』『旧制浦和高等学校生徒名簿』によると在職期間は1922年~1939年であり、1939年まで講師とある。担当は歴史であり、1925年・1926年には在外研究に出ており、1933年には東京高等学校の教授を兼務している。1936年11月に当時の校長が職務中に死亡したが、その際「竹村昌次教授を校長事務取扱とした」(『読売新聞』11月21日朝刊)とある。東京大学文学部西洋史学科卒業生名簿に1902年(明治35年)7月卒業とある。財団法人東洋文庫に所蔵されている,那珂通世(1898-1904年、東京帝国大学講師)が1901年(明治34年)に東京大学で行った『支那近世史』の講義ノートの筆者は竹村昌次と考える。

「竹村文庫」の特徴は、限られた時期に蒐集された個人情報はその個人の研究動向・関心を示すことは謂うまでもないが、時代の要請などが垣間見る面白さがある。本文庫でも、西欧諸国と植民地との関係を主題としたもの、ロシアの政治・歴史に関わる書が目につき、植民地政策が重要な時代であったこと、西欧にとっても日本にとってもロシアが大きな存在になってきた時代に蒐集されたことを反映している。

各国の旅行記、報告書その要約、翻訳を収録したフランスで出版された叢書が5部ある。1749(64vols.)1780(23vols.) 1790(5vols.) 1833(46vols.) 1841(12vols.)。フランスでは17世紀に学識ある宣教師を中国に派遣し、中国に関する知識を集めている。叢書の出版の目的は、歴史・統治(政治)・宗教を知ることができた。本文庫にある19世紀に出た個々の報告書についても、早いのもでは施設や旅行が終わって1年足らずで書籍として刊行されている。ヨーロッパ人から見たアジアやアフリカ、あるいは同じヨーロッパの中でも他国についての観察は、見慣れた者には気づかない点、あるいはことさら記録する必要を認めなかったものに光を当てた。本文庫は、歴史学の第一資料として使われてきたと思われる。本文庫のようにある程度まとまっている利点は、記録を一括して検討することができることである。その結果、歴史を知るための新しい観点への道を開かせてくれる。この点から本文庫の書籍を改めて紐解くいい機会である。

 

9 「ライヒマン文庫」紹介

ジェリー・ライヒマン(Jerry Raichman)1934年生まれ。City National Bank of Los Angeles.の副頭取。南カリフォルニア大学で「アジア学」の学位取得。ライヒマンの旧蔵書の一部「初期中国・アジア研究資料集成」を1991年文部省の補助金を得て収蔵されることになった。

出版年は、1590年から1911年までのものであるが、1890年代のものがもっとも多い。文献は大半は英語、一部ドイツ語、フランス語、イタリア語。

文献内容は次の3つに分けられる。

①17世紀初頭から中国に滞在した宣教師などヨーロッパの知識人による中国の思想、政治、社会、文化に関する考察。

②アヘン戦争(1840年代)の時代の、政治的見聞記や外交記録、ルポルタージュ。

③中国以外の極東、中央サジア、インド、東南アジア地域関係資料。

 

その中からいくつかの資料を紹介する。

・Arnold, Edwin. Light of Asia『亜細亜の光』アーノルドは英国人で、釈迦の生涯を描いた叙事詩。

・Bird, Isabella L. The Yangtze Valley and beyoud『中国奥地紀行』.

イザベラ・バードは英国の旅行家・探検家。東洋文庫に翻訳あり。

・Brinkley, Captain F.  China : Its History, Art and Literature.『支那:その歴史、芸術、文学』。ブリンクリーは英国軍人、中国名は布林克莱。勝海舟の要請で海軍省御雇となる。横浜で英字新聞The Japan Mailを

創刊し、海外向け日本紹介に業績を残した。

・Douglas, Robert K. Li Hungchang.『李鴻章伝』。駐中国の英国領事館員を勤めたのち、大英博物館東洋書籍部長となり、日本・中国の文献目録を作成した。

・Edkins, Joseph. Chinese Buddism.『支那の仏教』、Religion in China『支那における宗教』。英国人宣教師。宗教、儒教に関する分野研究。

・Giles, Herbert A. A History of Chinese Literature.『支那文学史』。

The Civilization of China.『支那文明論』。Chuang tzu.『英訳荘子』。

英国人、華英辞典の著者。

・Legge, Jemes. The Chinese Classics.『支那古典』。欧米の中国学の名著とされる経書の訳本。英国人宣教師で栄華書院の院長。オックスフォード大学の初代中国学教授。

 

以上、9は『愛知大学の中国関係コレクション』林 三幸 アジ研ワールド・トレンドNo.138 p26~29.2007年3月 より引用。

 

10 蔵書のデジタル化例について

バチカン図書館東アジア文献資料及びそのデジタル化の現状

バチカン図書館蔵東アジア文献責任者は余東氏である。

①バチカン図書館と収蔵の歴史

バチカン図書館は、人文主義学者であるニコラウス5世によって設立1447年~1455の在位7年の間に1300点の写本を収集した。そのことで

バチカン図書館は西洋で最大かつ最重要な蔵書機関のひとつとなった。バチカン図書館の精神は「学識者に共通の利益」「普遍性」の2つの特色を兼ね備えたものである。前者はローマ教皇庁の使用ではなく一般の学者にも開放すること、後者はヨーロッパの大学図書館が神学や法律に偏る傾向があるが、文学、科学などの人々の知識のあらゆる領域を受け入れることにある。

コレクションは、写本8万2千種、記録文書10万点、紙図書160万冊(インキュナビュラ8700冊)、硬貨・勲章40万枚、版画・絵画・版木・レリーフ10万札、写真15万枚。中国文献が約7000(古籍善本2000種類)、東アジア、東南アジア、南アジアから古文献写本200数点。

バチカン図書館は1450年ころから、学者に開放し始めた。1596年には新館が建設され現在まで使用されている。「異国情緒写本」は8店あり

中国語2点、インド語1点、ペルシャ語1点、アラビア語2点(1点は古代エジプトのパピルス)、日本語1点(実際にはタミル語の貝葉経)、サマリア語1点(サンスクリットの貝葉経)である。

②中国からの文献

東アジア地域文献関連のすでに完成あるいは進行中のプロジェクト

1)清史プロジェクト

2008年から正式に清史編纂委員会とバチカン図書館の共同プロジェ

クトが誕生した。1223種の文献、40万ページが複製された。内容は、14世紀初めの元代にまで遡り、20世紀前半民国期までであるが、大部分は17世紀から19世紀の清朝関連資料である

2)Maregaプロジェクト

Mario Marega(1902~1978)が日本で収集し第2次世界大戦中にローマに移された。サレジオ会宣教師で、江戸時代にカトリック教徒が受けた迫害に関するもので17世紀の日本初期文書である。すべて日本語で、すべてデジタル化されバチカン図書館と国文館研究資料館(NIJL)、東京大学の専門家が協力して行われた。

3)バチカン極東文献コレクションデジタル化

写本デジタルアーカイブプロジェクトが2014年にNTTデータと契約し、6000部の初期の写本のデジタル化を計画している。2018年までには3000部が完了する。バチカン図書館長Cesare Pasiniは「NTTデータの協力が得られて大変うれしく思う。新技術の利用により写本のデジタルアーカイブプロジェクトがより良いものになるだろう。かくして人類の宝を保存するという我々の使命はより完全なものとなり、高度な精神の開放―つまり知識の開放ならびに世界中の組織や企業への協議協力の開放によってより多くの人々が触れ理解できるようになるであろう」と述べている。

4)マカオ古地図プロジェクト

マカオ科技大学社会文化研究所の「マカオ歴史地図研究」プロジェク

トは2013年に9月に立ち上がった。1500枚の歴史地図を収集してお

り、うち500枚が原寸大で精密に複製され「世界の地図のマカオ」資料庫を設立し、民衆に開放されている。

③日本及び朝鮮文献

日本文献:図書館のラテン語旧蔵には日本語の木刻本が2点ある。日本の使節が1585年と1615年の2度のローマに巡礼に来ている。「ばるべりーニ東方コレクション」「バチカン極東コレクション」いずれにも当時の日本のキリスト教徒が教皇に書いた手紙やその他の当地のキリシタン史料が多数ある。

朝鮮語文献:19世紀に印刷された『「千字文』」や18世紀の『五倫行実図』『童蒙先習』など、主に書堂での読み物である。

④インド半島からの文献

1)マラヤーラム語文献:写本39種あり、貝葉経17枚を含む。マラバール海岸の古代キリスト教史、トマス派の歴史文献、神学及び教理文献で、貝葉に書かれたカトリック要理と祈祷文を含む。マラヤーラム語文法(ポルトガル語やラテン語によるものを含む),字典、文学作品。バチカンインドコレクションの写本文献はバタック語、ミャンマー語、ジャワ語、コンカニ語、マラヤ―ラム語、マレー語、ネワール語、パーリ語、プラークリット、サンスクリット、シャム語、クメール語、シンハラ語、タミル語、デルグ語等。

2)バーリ語文献 全部9点。貝葉経ミャンマー語6点、シャム語2点、シンハラ語1点。

3)サンクリットおよびヒンディー語文献 計14冊。マラヤーラム語3点。グランタ文3点、オランダ語の字典1点。

4)シンハラ語文献 貝葉経 計10点。

5)タミル語文献 計27点。

6)シリア語のマラバール教会文献 シリア語の写本15点。

⑤インドシナ半島からの文献

1)安南およびフランス保護領トンキン文献 「バルベリーニ東方コレクション」フランス保護領トンキン王が1627年に当時マカオを視察していたバチカン特使に神父宛てた手紙で、銀板に刻印されている。

2)ミャンマー文献 計21点。「バチカン極東コレクション」

3)シャムおよびクメール文献 計10点。「ボルジアインドコレクション」「ボルジアシャムコレクション」

4)ラオス文献 1点。「バチカンインドコレクション」所蔵。

⑥インドネシナ諸島文献

バタック・ジャワ・マレー文献 計11点。

⑦現在までの東アジア国家文献の整理と研究およびデジタル化の現状と

計画 国際シンポジウムの開催。中西文化交流史の専門家、古地図専門家、文献専門家の学術討論及び連携の協議。

 

 

 

おわりに

今後の人文科学における書籍の必要性

他大学のデジタル化の現状、バチカン図書館蔵東アジア文献資料およびそのデジタル化の現状を見ながら他大学との共有化、連携を目指している。バチカンは関西大学と他の4大学と協力した東アジア言語文献の電子化及び出版プロジェクト、フィリピンの歴史文書の収集および電子化プロジェクトに関連したフィリピン国家文書館への協力がある。

愛知大学の竹村文庫については、デジタル化を進める中で約900冊のうち130冊が国内での重複がないことが確認できた。2017年3月に香港大学の図書館を訪問し、愛知大学との連携において以下のことを確認することができた。

香港大学では、China Through Western Eyes(CTWE)をはじめとして多数のデジタル化を通常のルーティーンでその作業を進めてきている。竹村文庫の「ヨーロッパ人から見た当時のアジア観を探る」という課題にCTWEは

主題として一致する。CTWEは現在172点、ヨーロッパ人の著者によるアジ

ア紀行が中心であり、この点においても竹村と一致する。今後は、デジタル

化の技術的な確認とアウトプットの精度の確認を進め、2国間のアグリーメ

ントを近々に結ぶ予定である。

 

 

 

参考資料

・『日中に懸ける:東亜同文書院の群像』著者 藤田佳久 中日新聞 2012年。

・『愛知大学の中国関係コレクション:大学図書館の礎「霞山文庫」を中心として』林 三幸 アジ研ワールド・トレンドNo.138 p26~29.2007年3月。

・『コレクション紹介「竹村文庫」について』鈴木立子 葦編 No.38 p11~12。

・平成27年度卒業論文『愛知大学図書館所蔵「竹村文庫」コレクションの特徴

について』坂井裕基 文学部人文社会学科 図書館情報学専攻。

・『小崎外交官、世界を巡る:東亜同文書院大学、愛知大学から各国大使・公使としての軌跡』愛知大学東亜同文書院記念センター編 2016年3月。

・『大航海時代:旅と発見の二世紀』ボイス・ペンローズ;荒尾克己訳 筑摩書房 1985年9月。

・発表論文「バチカン図書館文献資料及びそのデジタル化の現状」バチカン図書館蔵東アジア文献責任者 余東 関西大学デジタル化シンポジウム2015年10月。


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著者紹介

加藤 好郎 (かとう よしろう)

1949年東京都生まれ 学校法人慶應義塾参事を経て2014年より学校法人愛知大学文学部教授

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