NEWS:

新たな記事が追加されました

新たな記事が追加されました

http://onarimon.org/article/892

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/861

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/852

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/843

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/838

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/833

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/828

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/821

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/811

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/796

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/804

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/787

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/781

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/776

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/770

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/763

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/756

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/513

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/503

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/451

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/430

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/419

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/408

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/wordpress/?p=380 

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/wordpress/?p=373

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/400

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/385

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/370

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/327

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/321

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/316

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/349

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/308

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/333

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/301

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/279

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/267

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/257

新たな記事が追加されました。

新たな記事が追加されました。

http://onarimon.org/article/234/

新たな記事が追加されました

新たな記事が追加されました

御成門新報公式サイトオープン

御成門新報公式サイトオープン

近代から現代に至るまで、人類社会の発展を支えてきたのは科学技術の発展でしたが、その基礎は 17世紀にデカルト•ニュートンによって確立された近代合理主義に立脚した近代科学の上に基づいています。それは「機械的世界観」と「要素還元主義」を柱とする思考の枠組み(以下パラダイム)で成立している学問です。機械的世界観とは「世界がいかに複雑に見えようとも結局は一つの巨大な機械である」という捉え方を指します。要素還元主義とは「人間が何かを認識する時にその対象を単純な部分の要素に分類•分割し、その分類した要素を詳しく調べ、問題があればその部分を修復し再び元の形に戻せば良い」という捉え方です。この2つのパラダイムは世界が農業化から工業化へ変化していく中で「無ければ造るしつくれば売れる」という状況の中、恐るべき切れ味をみせました。

 ところが、この 2つのパラダイムは今、息切れを起こしています。それは機械的世界観においては「全体を部分に分割する都度、全体に内に含まれる大事な何かが失われていく」、要素還元主義においては「重要でないと考えられる要素は捨て去っていく事にならざるを得ず、何が重要で何が重要でないかの判断は当事者が所有する思考の枠組みによって独断的に決められてしまう」という各々の限界点が見え始めているからなのです。つまりこれらは 2項対立の思考、分離分割の思考とも言え、主観と客観や全体と部分をそれぞれ対照的に分析的に捉えてその反対の一方を捨て去るという思考形式では現代事象が捉えられなくなってきた事を指すのです。

 しかし、よく考えてみるとみるとこれらのパラダイムは近代に発生したものです。そしてその近代のパラダイムという眼鏡をかけて現代を理解する事自体に無理があるのではと私たちは考えました。

 そこで私たちは かつての偉大な先人達のように、メディア運営を通して現代にふさわしいパラダイムを「独立不覊、不偏不党、官民調和」に基き、知足利他の視座で読者の皆様と創成していきたいと考えるに至ったのです。
御成門新報は読者と共に現代そして未来へのパラダイムを紡いでいくオープンエンドのインターネットメディアを目指し歩んで参りたいと考えています。

【Steve’s Bar】連載第1回 【世界を飛び続ける”目利き”の観】

ゲスト:早川浩氏(早川書房代表取締社長)

聞き手:スティーブ・モリヤマ



(写真:左:木内孝御成門新報代表、中央:早川浩社長、右:筆者)

―― 1945年8月15日、終戦の日に創業した早川書房。英米のSFやミステリの翻訳書にフォーカスした出版社の草分けとして、首尾一貫して差別化戦略をとり、圧倒的なブランドを確立されました。現在では日本人作家の作品も売上の15%ほどを占めていますが、基本的に焦点は英米に絞られています。

さて、早川さんは生まれも育ちも神田とのこと。わたしは新富町です。生粋の江戸っ子同士、しかもお互いに英米と縁があるという偶然も重なりました。本日はよろしくお願いいたします。

早川氏: そうでしたか。こちらこそよろしく。

―― カズオ・イシグロ氏の文章が大好きで、特にブッカー賞を受賞した『日の名残り』(The Remains of the Day)は、原文でしたが何度も読み返しました。あの方は、イギリス人作家のなかでも突出した筆力があるそうです。わたしも氏の文体が好きで、駆け出しの頃、イギリスにいたのですが、表現を真似しようと、よくノートに書き写したものです。

早川氏:そうでしたか。イシグロさんは会社にも何度もいらっしゃいましたよ。新作が来年4月(予定)に出ますので楽しみにしていてください。

―― ありがとうございます。さて、早川さんは、目利きとして、経営者兼トップ営業マンを50年近くやってこられて、カズオ・イシグロのみならず、マイクル・クライトンやサンデル教授など、著名作家の版権を果敢に獲得されました。今日は、ご成功要因について、全体のお話を伺いながら、勉強させていただきたいと思っております。

早川氏: わかりました。まず生い立ちから始めましょうか。わたしの祖父は、もともと神田や王子等で軍需協力工場をやっていましてね。父早川清は一人っ子で、しかも祖父母が芝居、寄席、映画、旅行好きだったものですから、小さい頃からいろんなところに連れて行かれたようです。それに読書には貪欲でした。それが高じて父は、戯曲を書くほど芝居好きだったと言っていました。実は、私も同じように子供の頃から祖父母たち、そして父にいろいろなところへ連れていってもらいました。

―― 例えば、どんなところでしょうか。

早川氏:歌舞伎座や明治座に始まり、浅草ロック座でチャップリンの無声映画、それから人形町の寄席といったところでしょうか。

―― なるほど。そうやって、早川家では”目利き”を育ててこられたわけですね。

早川氏:さあ、どうでしょうか。六代目尾上菊五郎や初代中村吉右衛門の舞台を一緒に見ながら、よく「この役者をよく目に焼きつけておきなさい」と幼いわたしに父が言ったものです。

―― 素晴らしいですね。いわば早期教育といってもよろしいのではないでしょうか。

早川氏: たしかに、そういう経験は、今のわたしに役立っているのかもしれませんね。演劇青年だった父が創業した早川書房は、演劇雑誌「悲劇喜劇」を出版しはじめました。戦後の混乱のなかで人々の余裕もあまりなかったのでしょう。「とても苦労した」と私に言っていました。そこで「これからは戦勝国である英米の文化が徐々に入ってくるに違いない」と考えた父が、英米文学に目をつけたのです。

―― 先見の明がおありだったのですね。

早川氏:家族を養っていかねばなりませんから、必死だったのでしょう。1953年に「ハヤカワ・ポケット・ミステリ・シリーズ」を刊行し、グレアム・グリーンなどを日本に紹介しました。1957年に日本語版をだした、イアン・フレミングの『007 死ぬのは奴らだ』が注目されました。大人が楽しめる大活劇ですから。同じく1957年に「ハヤカワ・SF・シリーズ」の刊行をはじめ、海外のエンターテインメントにより一層、力を入れはじめました。

―― 今と違って、アメリカにも簡単に行けず、インターネットもなかった時代にどうやってアメリカで流行っている作品、あるいはこれから大化けしそうな作品を見つけ出したのでしょうか。それから、版権交渉はどうされていたのでしょうか。

早川氏: いい質問ですね。父の友人に大村敦さんというニューヨーク在住の方がいらして、その方に手紙で相談して、「この本はどうか」などとお勧めを聞いていたようです。版権のほうは、著作権仲介業務フォルスター事務所、後年のタトル商会を通して対応していました。

―― なるほど、そうしてお父上が会社を軌道に乗せていくなかで、早川さんはどうやって将来に向けて爪を研いでおられたのでしょうか?

早川氏: そういう家庭環境でしたから、子供の頃から英米好きでした。1964年、大学4年生のとき、10月10日から24日までの2週間、東京で第18回夏季オリンピックが開催されました。わたしは高校までは結構足が速かったのですが、慶応で体育会競走部に入ってからは、全国から強者が入部して来て、なかなか抜きん出ることができなくなりました。五輪には出られそうもなかったのですが、たまたま公式通訳の試験を受ける友人に誘われて、運よくその試験に通ったのです。

――それは凄いですね。

早川氏:最後の面接で「どの国の通訳者として手伝いたいのか?」と試験官に聞かれましたので、人一倍英米好きのわたしは即座に「アメリカかイギリスでお願いします」と言ったのですが、蓋を開けると、ジャマイカ陸上選手団の団長担当通訳に決まりました。

――短距離といえばジャマイカですよね。私はジャマイカが好きで何度か訪れたことがあるのですが、訛が強くて通訳が大変じゃなかったのですか?

早川氏: 実は、今のようにジャマイカ選手は強くなく、当時の短距離はアメリカの独壇場でした。特にボブ・ヘイズは圧倒的存在感がある人で、あの大会で100メートル10秒フラットの世界タイ記録と400メートルリレー走者での世界新記録をだして金メダルを二つとりました。その後は彼は陸上を引退し、NFLのダラス・カウボーイズに引き抜かれていきました。

五輪開催期間中は毎日、朝7時から夜10時までジャマイカ選手団のお世話をしていたのですが、ある日、あるジャマイカ選手がヘイズを紹介してくれたのです。ちなみに、多くのジャマイカ選手がアメリカ留学経験者ばかりで、そんなに強い英語の訛はありませんでした。

―― なるほど。わたしの場合、ジャマイカン・パトワ(方言)で話しかけられると、ほとんど理解できないので、どうされたのかと思いましたが、当時のオリンピック選手はみなエリートだったのでしょうね。ところで、卒業後はすぐにお父上の会社に入られたのですか?

早川氏:ええ、先ずは早川書房に入社したのですが、現役で大学に受かっていたこともあり、父が「一年間浪人したとおもってアメリカを見て来なさい」というので、その翌年、コロンビア大学の外国人向け英語集中講座を取りました。ちょうど東京五輪から2年ほどたった1966年のことです。ある日、It’s a small world. (世界はせまい)といって、いきなりわたしに抱きついてきた人がいたんです。あの時のジャマイカの選手でした。ご縁があったのでしょう。すでに結婚していて、奥さんは大学の付属病院で看護婦をしていましたが、彼はまだコロンビア大学の博士課程で学んでいたのです。

そうこうしているうちに、英語研修は6週間で終わりましたが、その後も10か月ほどアメリカに滞在し、100社近くの出版社、リテラリー・エージェンシーと作家を訪ねて、ハヤカワの名前を売り込んできました。

―― 水先案内人もいないなかで、出版社に売り込みにいくのは大変だったのではありませんか。徒手空拳で突き進んでいかれたわけですよね。

早川氏:まだ二十代半ばでしたからいろいろ苦労はありましたが、性格的に人と会うのが好きなんでしょう。それほど苦に感じることはありませんでした。英語のほうも、日本にいた頃から、アメリカへの憧れがあって、ビング・クロスビーやフランク・シナトラ、あるいはペリー・コモなどの歌を英語の発音・アクセントの手本に、とにかく楽しみながら我流で学びました。このため、アメリカに行ってから英語に慣れるのにはあまり時間を要しませんでした。当然、英語の苦手意識が取れるにしたがって出版社巡りもどんどん楽しくなっていきました。もっとアメリカにいたかったのですが、あっという間に1年の米国滞在は終わりました。ただ、そのまま日本に帰らず、ヨーロッパに渡って1か月ほどかけてロンドン、パリ、ミラノの取引先などを訪ねてから日本に戻って来ました。

―― ヨーロッパの空気も吸ってからお戻りになられたのですね。さて、日本に戻られると、お父上の下で、どんどん出版点数を増やしていく早川書房の一翼を担われたのだと思うのですが、なにか面白いエピソードがございましたら、教えていただけますか。

早川氏:私がニューヨーク・コロンビア大学の英語学校に通っていたときに住んでいたところは、インターナショナルハウス、通称アイハウスでした。ある日そこのカフェテリアで食事をしていると、突然大男が私の目の前に座って「あなたはここで何をやっているのですか」と日本語で話しかけられました。彼はエンディミオン・P・ウィルキンソンというプリンストン大学の博士課程にいたケンブリッジ大学卒業の秀才イギリス人学生でした。すぐに意気投合して一年後に彼が東大に留学している間、下宿が見つかるまで私の家に泊ることになりました。博士号を取ってから数年後に彼はEC(現在のEU)日本支部設立のため東京に再度やって来ました。来日前に長い手紙が私に届いて「赤坂に家を借りるので保証人になってくれ」というのです。赤坂のど真ん中にある超豪華マンションの一階分全てでした。ちなみに、5年間に及ぶ日本駐在の経験をまとめて『誤解』という本を中央公論社で出版しています。

彼は1941年生まれで私の一歳上でしたが、彼のお姉さんがイギリスの老舗の大手出版社ウィリアム・コリンズ社の版権部長という縁で、多くのベスト・セラー英国人作家を紹介してもらうこともできましたし、彼女が要職についていた関係もあって以後早川書房とはより一層仕事の取引きが多くなりました。私が結婚するときは、彼の外務省の高官であったサー・フレッド・ウォーナー元駐日特命全権英国大使が、激務のなかサウジアラビア訪問の前にわずか二泊で日本に寄ってくれて仲人を務めてくれました。ウォーナー夫妻とウィルキンソン氏を、父と私で神田の藪蕎麦に連れていったときの彼らの笑顔は今でも鮮明に覚えています。

それともうひとつお話ししましょう。『ジュラシック・パーク』の作家で私と同い年のマイクル・クライトンさんに二度ハヤカワ国際フォーラムで講演してもらいました。一回目の1993年に成田に着いてから東京駅経由で湯河原の温泉場に連れて行きました。有名な温泉旅館天野屋に泊って湯船につかりながら日本酒の徳利五本とお猪口を浮かべながら、互いの人生論を語り合ったのです。以前から私が聞きたいと思っていたこと、「あなたはなぜ日本に深い関心を持っているのですか」と聞いたところ、早熟でハーヴァード大学出身の大天才の彼らしい答えが返ってきました。中学の頃に鈴木大拙を読んでいたく心を打たれ、それから彼の哲学と日本に深い関心を抱き始めたと、真剣な眼差しで述懐していたことを今でもはっきり思い出されます。作家と出版社の関係以上に友人として家族付き合いを続けていましたが、惜しくも2008年に病に倒れて亡くなりました。とても悔しい思いが今でも募ってきます。

こんなこともありました。確か二度目の1997年に来日したとき、一人娘のテイラーさんに当時大流行のたまごっちをお土産に買ってきて頂戴と言われたそうですが、その話を聞いた私は、社員に探してもらう算段をしましたが、どのデパートも玩具屋でも売り切れでした。家に帰って家族にそのことを話したところ、テイラーさんと同い年の私の次女(洸子)が「私6つ持っているわよ」と言って4つのたまごっちをお土産に渡しました。彼がロサンジェルスに帰ってすぐテイラーさんから礼状が届きました。

―― まさに ”ご縁の連鎖”、とても素敵なお話ですね。最初に「早川さんの成功要因を探らせてください」と僭越なお願いをしましたが、お話を伺っていて、早川さんは、天性の徳というのでしょうか、国境を越えて人を惹きつける力をお持ちなのでしょう。偶然の必然。人と人の出会いが、プライベートのみならず、ビジネスの上でも正の連鎖を引き起こしているように感じられました。

それはきっと 空(くう)、つまり「人は、人と人のつながりの中でしか存在しえない」を本質的にご理解されているからではないでしょうか。根っこの部分で、幼少期から観劇などを通して培ってきた日本文化への深い造詣があるからこそ、どこの国の人とも対等に接して、共感しあえるのではないでしょうか。

わたしは日本の知識人のなかで、特に鈴木大拙が好きなのですが、大拙は、創造主と人間、主客、我他、善悪、白黒、友敵、愛憎など、全てを二分し制した上で、解(らしきもの)を導いてきた欧米の対極にある「不二性」こそ、日本の強みだと喝破しています。東洋では、伝統的に分化(主客の対立)が起こる前から物事の全体を捉えようとします。全てを一緒くたにして巨大な円の中でドロドロに溶かしてしまう。これを円融無碍といいますが、早川さんの強みは、正にそこにあるのではないでしょうか。

何でもA or Bと分けてしまう分極した相対の世界は、本質的に、対立・対抗・争いの世界へとつながっていき、二分性の世界に限界があることに誰もが気づきはじめています。もちろん、どちらも完璧ではありませんが、私自身、ヨーロッパ勤務がそろそろ四半世紀になり、世界中で二分性中心のシステムに歪みが生じている今、それを超越し包含する力(不二性)を再認識する時期を迎えている気がしております。

早川氏: ありがとうございます。モリヤマさんの話につなげて出版業界を考えると、確かに”本離れ”、“活字離れ“という傾向はあるかもしれませんが、そこでYes・Noの二分法の世界に入ってしまっても、出版社の未来は見えてきません。

特に今の出版界は優秀な新人作家を見つけ育てていく自助努力の重要性を忘れるべきではないと思っております。この点、例えば、公益財団法人早川清文学振興財団を通して、父の念願であった、国内外の演劇文化の向上に貢献し、かつ優れた海外文学の日本への紹介と普及を続けております。例えば、英国アガサ・クリスティー社の協力で、「アガサ・クリスティー賞」を創設し、ミステリで将来性ある新人を発掘し、出版しています。

先程モリヤマさんは”根っこ”とおっしゃいましたが、もともと弊社創業の契機は演劇書の出版です。創業直後の47年に創刊した演劇雑誌「悲劇喜劇」は今でも続いておりますし、「批評家の劇評意欲を奮い立たせる最も刺激的な作品を顕彰する」という設立趣旨のもと、昨年からハヤカワ「悲劇喜劇」賞を財団のほうで設け、父の志を具現化しています。第一回の受賞は野田秀樹さんの「MIWA」でした。

 

また、読者満足度を高める自助努力も大切でしょう。海外の作家を招き、日本の読者との交流の場を出版社がつくる努力も大切ですから、1988年から「ハヤカワ国際フォーラム」を開催しております。第1回の講演者はディック・フランシスでした。その後もエド・マクベインやマイクル・クライトン、ロバート・B・パーカー、アゴタ・クリストフなど有名作家が協力してくれています。さらに、財団のほうでは、視覚障害者のための読書支援(オーディオ・ブック)や早川ライブラリーを通して研究者や愛読者サービスも提供しております。

最後に、弊社は、ミステリが主力商品の一つですが、ミステリというのは平和な世界でしか読まれません。当たり前の話ですが、しょっちゅう動乱や戦争があるような国では読まれないのです。その意味でも、先程のモリヤマさんの、対立の生まれない”不二性”の世界の本を扱っているといえるでしょう。特色有る出版社として、”ワン・アンド・オンリー”(唯一無二)を追求していきたいと思っております。

+ Text by Steve Moriyama


コメント

新規登録はこちら
  • コメントはまだありません
  • コメントはまだありません

著者紹介

スティーブ モリヤマ (Steve Moriyama)

☆☆☆ベルギー王国ブリュッセル在住 。英国ケンブリッジ大学院及びカトリック・ルーベン大学院(ベルギー王国)修士課程修了。米国ハーバードビジネス スクール GMP 修了。イングランド・ウェールズ勅許会計士協会上席会員 (FCA)、ベルギー王国公認 税理士協会正会員 (CTC)。『人生を豊かにする英語の名言』『英語社内公用語化の傾向と対策』など著書15冊。雑誌連載は、『クーリエ・ジャポン』『月刊・事業構想』『GOETHE』『日経ビジネスオンライン』など。好きなものは、海、酒、旅、犬、活字、薔薇。  フェイスブックID: meigen777 

その他の記事

この記事を見た方はこちらも見ています

  • 「捏造朝日」の… 朝日新聞贖罪のためのレシピ 朝日新聞に対し捏造報道によってもたらされた、諸外… MORE
  • 【Steve’s Bar連… ゲスト:神戸雄一郎氏(かんべ土地建物株式会社 代表取締役社長) 聞き手:スティ… MORE
  • ミリキタニの猫… NYの路上芸術家ツトム・ミリキタニ80歳を追いかけるドキュメンタリー。 全編ハ… MORE
  • 「法の支配」の… 半世紀余を遡る「法の支配」の幻想 このシリーズでは前回までに、日本国憲法の基… MORE