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御成門新報公式サイトオープン

御成門新報公式サイトオープン

近代から現代に至るまで、人類社会の発展を支えてきたのは科学技術の発展でしたが、その基礎は 17世紀にデカルト•ニュートンによって確立された近代合理主義に立脚した近代科学の上に基づいています。それは「機械的世界観」と「要素還元主義」を柱とする思考の枠組み(以下パラダイム)で成立している学問です。機械的世界観とは「世界がいかに複雑に見えようとも結局は一つの巨大な機械である」という捉え方を指します。要素還元主義とは「人間が何かを認識する時にその対象を単純な部分の要素に分類•分割し、その分類した要素を詳しく調べ、問題があればその部分を修復し再び元の形に戻せば良い」という捉え方です。この2つのパラダイムは世界が農業化から工業化へ変化していく中で「無ければ造るしつくれば売れる」という状況の中、恐るべき切れ味をみせました。

 ところが、この 2つのパラダイムは今、息切れを起こしています。それは機械的世界観においては「全体を部分に分割する都度、全体に内に含まれる大事な何かが失われていく」、要素還元主義においては「重要でないと考えられる要素は捨て去っていく事にならざるを得ず、何が重要で何が重要でないかの判断は当事者が所有する思考の枠組みによって独断的に決められてしまう」という各々の限界点が見え始めているからなのです。つまりこれらは 2項対立の思考、分離分割の思考とも言え、主観と客観や全体と部分をそれぞれ対照的に分析的に捉えてその反対の一方を捨て去るという思考形式では現代事象が捉えられなくなってきた事を指すのです。

 しかし、よく考えてみるとみるとこれらのパラダイムは近代に発生したものです。そしてその近代のパラダイムという眼鏡をかけて現代を理解する事自体に無理があるのではと私たちは考えました。

 そこで私たちは かつての偉大な先人達のように、メディア運営を通して現代にふさわしいパラダイムを「独立不覊、不偏不党、官民調和」に基き、知足利他の視座で読者の皆様と創成していきたいと考えるに至ったのです。
御成門新報は読者と共に現代そして未来へのパラダイムを紡いでいくオープンエンドのインターネットメディアを目指し歩んで参りたいと考えています。

「法の支配」の幻想について3

半世紀余を遡る「法の支配」の幻想

このシリーズでは前回までに、日本国憲法の基本的価値観を例として、一般国民の皆さんの法というものに対する思いこみと現実のギャップについて、簡単に指摘しておいた。

ところがつい最近、たまたまこの点に関係する格好の訴訟事件が6月8日に東京地裁に提起された。これは、何と半世紀余にさかのぼる1961年3月28日に下された東京地裁の有罪判決を誤判であるとして、刑事訴訟法435条6号により再審請求を行い、免訴の判決を求めた訴訟である。

この事件は,1957年当時米軍の立川基地の拡張に反対するデモ隊の一部として、立ち入り禁止の境界柵を破壊、基地内に数メートル立ち入った7名の被告らが、合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法違反に問われた、いわゆる砂川事件に関わるものである。東京地裁に新たに提訴された訴訟は、何と半世紀を大きく上回る大昔の事件についての、これまた55年も以前の最高裁判決の効力を争うものである。

新しく提起された裁判は、この半世紀以上も以前の事件で、有罪が確定していた82歳の男性を含む元被告3名と遺族1名が、59年3月30日に東京地裁の下した無罪判決(砂川事件に関する「伊達判決」)の上告審である最高裁判決(同年12月16日最高裁大法廷)によって、逆転有罪とされた結果、これに従い差戻審として東京地裁が下した有罪判決の効力を争い、免訴の判決を求めるものである。

新しく提訴された申立は、この最高裁判決を下した当時の最高裁長官が駐日大使らと頻々に密会し裁判の進行に関し意思疎通を図っていたという理由で、最高裁判決の結果これに拘束されるとして有罪判決を言い渡した差戻し後の東京地裁判決は、このような「公平な裁判」といえない最高裁判決に従って被告らを有罪としたもので、本来は「自ら公平な裁判所」として裁判を打ち切った上で免訴の判決をすべきであったとし、逆に有罪判決を下した判決に代えて改めて免訴の判決を求めたものである。

裁判とは「政治」そのもの

この事件は、本来「法の支配」が大前提である筈の「裁判」というものが実は極めて政治的なものであることを如実に示している。

先ず第一に、この事件で効力が争われている罰金の額が被告各自2000円であることからすると、この再審の訴えを提起した4名の原告は、明らかに金銭的利益を求めてこの訴訟を提起したわけではなく、金銭的利益以外の何らかの動機がある筈である。この場合考えられるのは、罰金の額などと関係なく、刑事罰という汚名をそそぎたいという名誉という価値の追求でありうる。

事実、筆者の弁護士としての日常的体験では、「問題はお金ではない」「筋を通したい」という訴訟提起の相談は稀ではない。だが、同じ額でも例えばこれが交通法規違反の罰金2000円であれば、果たして「筋を通す」ために半世紀余以前の判決の効力を争ってまで訴訟を起こすだろうか、これは殆んどありえない話だろう。

そう考えると、この場合の非金銭的価値はある意味で「政治的」なものと言えそうである。勿論、この場合「政治的」とは必ずしも否定的な意味ではなく、尊敬すべき立派な政治的理由も考えられる。事実、原告らは「公平な裁判を受ける権利を当時の最高裁長官に侵害された」として、「裁判のやり直しを求めて東京地裁に再審請求した」といった受け取り方が、標準的なメディアの報道である。

だが、このようなメディアの報道の中でも、この訴訟がたまたま安倍内閣の企図する集団的自衛権の拡大・推進の動きと関係づけられている点が注目に値する。一例は、原告らが記者会見で「再審請求は、立憲主義を根底から覆そうとする安倍政権への抗議の意思表示である」とする東京新聞など一部メディアの報道である。メディアで報じられている「再審請求の概要」と題する(原告ら作成と思しき)文書を一見するだけでも、この請求には法の玄人の提供に関わる訴訟手続き上の専門的知識が駆使されているところから、特定の政治的グル-プによる極めて政治的な法廷闘争との前提で、これに対する批判的な反応もみられるのが現状である。

「法の殿堂」を襲ったカタストロフィ

 日常的には殆んど「法」の世界と無縁で暮らしておられる幸福な方々には、この事件は特別の興味をひかれないかも知れないが、筆者のような法の玄人にはかなり衝撃的な意義をもつものに思える。先ず第一に、問題の判決当時最高裁長官であった田中耕太郎という人物が我が国戦後法学界に占める圧倒的な存在感である。このシリーズの前回の末尾で、筆者の法の世界とのかかわりは60余年に及ぶと記しておいたが、筆者が東京大学法学部に入学したのが1953年、卒業後大学院の特別研究生としての5年間を含め合計8年間、東大法学部の世界にどっぷりと浸かっていたが、当時この世界には憲法の宮沢俊義、民法の我妻栄、刑法の団藤重光などなどに代表される戦後日本の法学界の重鎮が綺羅星のように存在し、その多くが法務省顧問や最高裁判事・長官などに就任、文字通り日本の法の世界を圧倒的に支配していたが、田中耕太郎は敬虔なクリスチャンということもあり、人格高潔な知識人として他を圧倒する存在であった。

ところが、この日本法曹界の輝ける第一人者が砂川事件に関し、仮にもアメリカ占領当局や在日大使館と秘密裏に情報交換をしながら、最高裁の審理を指揮していたとすれば、これは田中個人の保守的政治意識に関する評価の如何に関わらず、「法の支配」の基本、ひいては「法」そのものに対する信頼性を根本から覆すものと考えるのが自然であろう。

公開された外交機密文書の衝撃

 この衝撃的事実は、アメリカ合衆国の外交機密文書の問題の部分が2008年以降解禁となり、この結果1.アメリカ合衆国政府が伊達判決後日本国に圧力をかけ、2.田中長官がアメリカ側に、最高裁の裁判の見通しに関し情報を提供していたことが明らかにされた、ということを実証するものである。

より具体的には;1.当時の駐日米国大使ダグラス・マッカーサー2世が1959年3月31日アメリカ国務省に送った電報によると、大使は当日藤山外相に面会し、日本政府に対し最高裁への跳び越し上告を示唆し、.同大使が国務省に送った4月24日付けの電報では、田中長官が大使との私的会話において当該事件の審理が優先的になされる旨を告げ、.8月3日の電報では、田中は「実質上、全会一致で、世論を紛糾させそうな少数意見を避ける方向での審理を望んでいる」とアメリカ側に伝えたとされている(これらの衝撃的な事実は、文書公開以後専門家により緻密な検証がなされ、その研究結果が2013年に公刊されている-布川玲子・新原昭治『砂川事件と田中最高裁長官-米解禁文書が明らかにした日本の司法』)。

 この解禁された多数の文書によって事細かに明らかにされた米当局と田中長官のやり取り(exchange)を仔細にフォローしてみると、そこから浮かび上がってくる、戦後日本の法学界・法曹界の第一人者と長年に亘り崇められてきた田中耕太郎先生が、文字通りアメリカの走狗の如く走り回った光景は、我々日本の法律家にとってはまさに悪夢以外の何ものでもないように思えるだろう。

砂川事件判決の争点は、在日米軍基地の存在が憲法9条2項の「戦力保持の禁止」に該当するか否かの憲法解釈にあるところから、再審請求についての一般の関心は主として、安倍内閣が推し進める集団的自衛権に関する憲法解釈の変更と関連付けられて論じられている。だが、筆者の目から見てより重要な点は、砂川事件に関する最高裁判決は、「すべての裁判官は、その良心に従い独立して職権を行い、この憲法と法律にのみ拘束される」とする日本国憲法76条3項に定められている司法権独立の基本原理=「法の支配」の原則に反し、アメリカ政府の意向に従い、裁判の手続きと内容に至るまでこれに迎合した、法の番人の頂点にあった人物による「法の支配」の実態が白日の下にさらされたという点にある。

つまりこの事件は、同時に日本がアメリカと共有すると考えられる「自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済」といった日本国憲法の基本的価値観が、こともあろうにこの憲法の戦後の日本への導入に主導的役割を果たしたアメリカ合衆国によって、外交政策上の配慮から無残に蹂躙された実例として評価さるべきであろう。

「法の支配」の原理の象徴のような、法と正義の敬虔にして峻厳な番人の頂点として崇められてきた、法の王様の裸が白日の下にさらされて見ると、法の素人は何を信じたらいいのか、法に対する不信を募らせても不思議ではない。法と正義を護る筈の法の玄人の裏切りにも拘らず、法の公正さへの信頼を取り戻すために、正義の仮面を被った法の玄人の仮面を剥がして行くのが、本シリーズの課題である。


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著者紹介

花見 忠 (はなみ ただし)

松尾綜合法律事務所客員弁護士。東京大学法学部法学博士、ケルン大学法学部、コーネル大学法学部、 カリフォルニア大学バークレー校留学。上智大学法学部教授、ルーバン•カソリック大学法学部客員教授、ハーバード大学ロースクール客員教授など歴任。政府関係の役職としては中労委会長、内閣官房参与等

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