新しい普請の文化
21世紀に入り、公共事業のあり方が少しずつ変化している。地域の豊かさの向上につながる「公共的」な事業を進めていくために、環境整備に市民が参加するための工夫が蓄積されてきた。市民参加のプロセスが重視されるようになったのは、20世紀後半のことである。人びとの暮らしを豊かにするはずの公共事業が、地域のニーズに合わなかったり、思わぬ悪影響を引き起こしたりしたことで、市民の声を事業に生かす必要性が強調されるようになった。さまざまな立場の人びとが集まって、合意を構築しながら、地域空間整備の方針を意思決定していく場面が、徐々に増えつつある。
近年では、市民のアイディアを生かすための合意形成にとどまらず、市民が自ら地域環境を整備していく「市民普請」というコンセプトが生まれている。土木学会では、2014年1月から「市民普請大賞」を募集し、民の参画による公共事業の取り組みについて、議論、評価する機会を設けた。
普請とは、地域集落が全員参加で行ってきた旧来のインフラ整備のあり方を指す言葉である。道、川、水路、堤防などのインフラは、かつては地域の人びとの積極的な働きかけにより保たれてきた。ただし、明治期以降、地域環境を行政機関の主導で整備するようになると、地域の人びとの暮らしが環境から乖離されてしまった。こうした乖離は、人びとの環境に対する関心や、災害時のリスク管理の低下などにもつながると懸念されている。「市民普請」は、旧来の普請の意味を現代の市民参加の観点から新たに問い直そうとするコンセプトである。
わたし自身も、環境保全事業の合意形成の専門家として、佐渡島にある加茂湖という汽水湖で、「市民工事」のプロジェクトを行っている。周囲約17kmの広さをもつこの水辺は、地域の自主的な管理を前提とする法定外公共物である。約40年前に矢板コンクリート護岸で囲われたことも一因となり、富栄養化が深刻化している。自分たちで少しでも環境を改善したいと、2008年に地元のカキ養殖業者や流域住民とともに市民研究所「カモケン」を設立した。企業や自治体からの助成を得てヨシ原や藻場の再生を試みている。
切り立った矢板護岸の前にヨシ原が再生されことで、子どもたちが水辺に近づけるようになった。多世代で湖の保全を考える場が生まれ、漁業者のやる気も高まっている。加茂湖の市民工事は、流域にも影響を及ぼし、水辺の集落では、津波に備えて避難道を整備する事業が始まった。東日本大震災からリスク管理の重要性を学び、より安全な地域を作ろうという思いがカタチになった。
市民普請は、陳情型から参加型へとわたしたちの意識を切り替える試みでもある。全ての公共事業が市民の意向を反映する形で進んでいるわけではないが、市民参加の文化が成熟していくためにも、今後さまざまな取り組みが進み、自分たちの手で地域を変えていくことの楽しさと達成感を実感する場が増えていくことが大きな意味をもつ。
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