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御成門新報公式サイトオープン

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近代から現代に至るまで、人類社会の発展を支えてきたのは科学技術の発展でしたが、その基礎は 17世紀にデカルト•ニュートンによって確立された近代合理主義に立脚した近代科学の上に基づいています。それは「機械的世界観」と「要素還元主義」を柱とする思考の枠組み(以下パラダイム)で成立している学問です。機械的世界観とは「世界がいかに複雑に見えようとも結局は一つの巨大な機械である」という捉え方を指します。要素還元主義とは「人間が何かを認識する時にその対象を単純な部分の要素に分類•分割し、その分類した要素を詳しく調べ、問題があればその部分を修復し再び元の形に戻せば良い」という捉え方です。この2つのパラダイムは世界が農業化から工業化へ変化していく中で「無ければ造るしつくれば売れる」という状況の中、恐るべき切れ味をみせました。

 ところが、この 2つのパラダイムは今、息切れを起こしています。それは機械的世界観においては「全体を部分に分割する都度、全体に内に含まれる大事な何かが失われていく」、要素還元主義においては「重要でないと考えられる要素は捨て去っていく事にならざるを得ず、何が重要で何が重要でないかの判断は当事者が所有する思考の枠組みによって独断的に決められてしまう」という各々の限界点が見え始めているからなのです。つまりこれらは 2項対立の思考、分離分割の思考とも言え、主観と客観や全体と部分をそれぞれ対照的に分析的に捉えてその反対の一方を捨て去るという思考形式では現代事象が捉えられなくなってきた事を指すのです。

 しかし、よく考えてみるとみるとこれらのパラダイムは近代に発生したものです。そしてその近代のパラダイムという眼鏡をかけて現代を理解する事自体に無理があるのではと私たちは考えました。

 そこで私たちは かつての偉大な先人達のように、メディア運営を通して現代にふさわしいパラダイムを「独立不覊、不偏不党、官民調和」に基き、知足利他の視座で読者の皆様と創成していきたいと考えるに至ったのです。
御成門新報は読者と共に現代そして未来へのパラダイムを紡いでいくオープンエンドのインターネットメディアを目指し歩んで参りたいと考えています。

小野田寛郎さん お別れの会

2014年3月12日。靖国神社・啓照館に於いて、あの30年間近く終戦を知らず一人ルバング島で潜伏しその後日本に帰還した、元陸軍兵の小野田寛郎さんのお別れ会が開催された。1月に逝去されていたが、この日が日本に帰還してちょうど40年目にあたるとのことでこの日を選んで開催したいとのご家族及び小野田自然塾の人たちのお声掛けに応じて列席した。

予定より早めに靖国神社に赴くと、すでに多くの人たちが追悼のために訪れており、旧陸軍帽を被った故人と同年齢と見受けられる人、耳を澄まして話を聞いていると前日からの夜行バスで小野田さんと同郷の和歌山県から態々上京して来たという団体の人たち、東北地方で先の大震災に自身遭いながら直接知り合いではないがこの人にはお別れをしておかなくてはと訪れたというこれまた相当の年輩の方等々が、会場に入るための列に並び始め瞬く間に長蛇の列となった。

遺影のある祭壇に別れを捧げる順番を待つ間、この小野田寛郎という人は91歳で他界されるまで特に日本に生還してからどのような感覚で過ごしていたのであろうか、想いを巡らせる。戦時中は多くの軍人と同様な訓練を施されたものと見受けるが、この人ほど、陸軍中野学校に馴染む或は特化できた人は珍しいのではないだろうか。その著書によると、通常陸軍では、「生きて虜囚の辱めを受けず」と教えられたものであるが、中野学校では兎に角生きろ。どんな状況に立ち至っても絶対に生きろ。との教えである。これを実に忠実に守ったのである。それ故に誠に数奇としか言いようのない人生を歩むこととなる。戦時中から日本に帰還するまでのことはその著書等によりしか知りえないが、帰還後は大勢の知るところである。実に充実したというべき四十年であったと見受ける。

帰還後しばらく日本で過ごす中、様々な誹謗中傷もあり、当時の首相はじめ多くの人から寄せられた支援金等すべてを靖国神社に寄贈したうえで帰還の翌年1975年身一つでブラジルに旅立つ。何もない状態から10年掛けて1200haの牧場を開発成功させるとともに、ルバング島での経験を生かしキャンプを通して逞しい青少年育成のため「自然塾」を開く。

そして帰還15周年を節目として「財団法人小野田自然塾」を設立し、青少年の育成並びにその保護者にも警鐘を鳴らし様々な形で彼らを鍛え続けた。日本の将来を考えるとき、「すべての大人が、子供たちに体当たりで向かわなければ日本の将来が危ぶまれる」との強い想いからである。過去は過去として引きずらず過去から現代そして将来へと感心するほど潔く設計されている。ブラジルと日本を度々往復し、そのスケジュール管理には自らパソコンを駆使して処理していたという。この人の頭脳回路はどのようであったろうか。

 それにしても靖国神社というところは不思議な場所である。会葬者へのお礼文書のなかに、故人が靖国でまた会おうと別れて出て行ったのであるからやはりこの地でお別れの会をするのが本望であろうと思うと認められている。私の父も太平洋戦争で戦地に散り、当社に祀られている。母が再婚したため新両親の存命中は遠慮していたが二人とも他界してから参拝するようになった。初めての拝殿・参拝のときからこの社は他と違って感じたものである。それは全く記憶の無い父を想像させるに充分な空間があるからであろうか。終戦の日の喧騒な日を外して、ひとり神官から手渡される榊をお供えし暫し手を合せるときは、父と相対しているという思いになる。それは出征地に建立された墓石の前に立つときとは全く違うものである。



 ともあれ小野田さんのご冥福を祈るとともに、亡父を含めこれまで祀られている大勢の御霊に安らかにとの心からの思いを込め頭を垂れ辞した。


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著者紹介

村田 作彌 (むらた さくや)

1942年生まれ 2012年より一般財団法人慶應義塾高等学校同窓会顧問•事務局長。

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